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猟犬ジョーに宿はない.3 [皆の恋話]

この時あらためて俺は、グラスから目をあげて女の顔を見つめた。そして、はじめて気がついたのだ。女が、その気になりさえすればいくらでも美しくなれるはずの顔つきの持ち主であることに。にもかかわらずどこかくたびれきって見えるのは、おそらく美しさを装おうという気すらなくしてしまっているのだろう。思えば、むごたらしい話というべきだ。誇るべきものを何も持たない小さな町は、そこで生きる若い女から華やかさや気持ちの張りとでもいったものを奪ってしまう。

「残念ながら、そうもいかないんだ。だいいち俺が捜している女は、何も俺から逃げたというわけではないんだし」
「男は皆、そう言うわ。女に逃げられても自分に原因があったとは考えないで、何か他の理由があったに違いないと考えたがるのよ」
「鋭いねえ。おそらく、全く君の言うとおりなのだろうな。でも今回ばかりは、ちょっと話が違うのさ。なぜならその女は、別に俺とつきあっていたわけでもなんでもないんだから」

「じゃあその女の人は、いったい何から逃げ出したっていうの」
「これはあくまでも俺の考えに過ぎないけれど、おそらく全てのものからなんじゃないのかい。彼女をとりまいていて、その自由の妨げになっていると彼女が感じた全てのものからってわけだな」
「だったらなおさら、わからないってものじゃない。いったいどうして貴方が、その女の人のことを追いかけまわさなければならないのか」

「俺にだってわからないよ、そんなことは。でも俺の捜している女が、実は捜し出されることを求めていないとも限らないだろう」
「そうね。確かに女は、えてしてそれを求めているものだわ。でも貴方の捜している女の人が、やはりそうだという保証は何もないわけでしょう。にもかかわらず貴方は、そんなわずかな可能性のためにその人を捜しつづけるっていうの?」

「だから、それは俺にもわからないんだってば。何のために俺が彼女を捜しているのかってことはね。見つけて連れもどすためですらない。俺はただ、彼女を見つけたいだけなんだ。俺に見つかった彼女がその後いったいどうするのかは、その時になってから彼女が決めればいいことさ。俺が端からとやかく口を出すべきことじゃないよ。そうは思わないか」

女は俺が訊ねたことに答えようとせず、俺の顔をのぞきこんで真っ直に俺の目を見すえた。
「貴方、本気で愛しているのね。その女の人のことを」
「よしてくれよ。俺はもう、愛だなんて言葉を使う気になれるほど若くはないんだからさ」

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猟犬ジョーに宿はない.2 [皆の恋話]

「ちょっと教えてほしいんだが。この町のボスと会うためには、いったいどうすればいいんだろう」
いつだって、知りたいことは単刀直入に訊ねるのが一番だ。

「えっ。ボスって」
「この町をとりしきっている奴のことさ。言いかえるならこの町で一番、自分のやりたいことを好き勝手にできる奴のことだな」
「知っているわけがないじゃないの、そんなこと。私はただのしがないウエイトレスにすぎないんだから。この町にボスなんてのがいるのかどうか、ということさえも私にはわからないわ。そういうことだったら、その筋のお兄さん達にでも聞いた方が早いんじゃないかしら」
どうやら俺は探偵に商売がえをしても、立派に喰っていくことができそうだ。町で出会ったこんな若い娘ごときに、その町のボスと連絡をつける手だてを訊くなんて。

「なるほど、それを聞いて安心したよ。どうやらこの町は健全らしいとわかったからな」
「えっ、どうしてそういうことになるの」
「飲み屋で働いているウエイトレスがその町のボスを知っているようじゃ、よほどそいつが幅をきかせているってことだろう。でもまともなボスなら、決してそんなやり方はしない。誰が町をしきっているのかということをわからせないように、あくまでも自分は陰から人々をあやつって動かすのが洗練されたやり方っていうわけさ」

「で、ボスが洗練されたやり方をしていれば、その町は健全だって貴方は思っているわけね。でも普通に考えれば健全な町っていうのは、むしろボスなんかがいない所のことなんじゃないの」
「ボスがいない町なんて、ありえないんだ。そんなのは子供のお伽話に出てくる町だけさ。実際にあるのは、ただ2つの町の間の違いだけなんだよ。ボスがいて誰もがそのことを知っている町と、ボスがいるけど普通の人はそのことに気がついていない町との間の」

「貴方の言っていることの方が、よっぽど変に聞こえるわよ。くだらないハードボイルドあたりを読みすぎて、頭がおかしくなった人の話か何かみたいに」
「ハードボイルドは、くだらなくなんかないよ。くだらないのは、つまらない小説をハードボイルドと名づけて売っている奴らの方さ」
ちょっとの間、女は首をかしげて考えこむような素振りを見せた。しかしすぐに考えるのをやめてしまったようだ。決して俺の言ったことが納得できたわけでないのは、その顔つきを見ていればわかる。

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猟犬ジョーに宿はない.1 [皆の恋話]

ハードボイルドは愛だ、と塾頭は唱えております。
 そんな持論を「純愛論」と題して、当塾で掲載させていただいたこともありました。
 また、塾頭はハードボイルドのパロディを書いてみたこともあります。
 そこで当塾では、その冒頭を連載させていただくことにしましょう)

 どんな町にも、たいていボスがいる。
 市長や議員などといった表むきの顔役のことではない。その町における人や金の動きを裏であやつっている手合いのことだ。とはいえ表向きの顔役が、そんな陰の黒幕としての役割を兼ねていないとも限らないのだが。

 もちろんボスは、やくざやマフィアのこともある。しかしボスのすべてが必ずしも犯罪にかかわっているとは限らない。侠気があって人々から慕われているような者が、その町の世話役にまつりあげられていることもあるだろう。昔の日本の任侠には、そんな麗しい伝説のような話が実際にあったようだ。とある企業の経営者なり所有者が、その町を牛耳っている例も数多い。小さな町に不似合いなほど大きな企業がある場合、その企業の動向が町の運命を左右することになりかねないのだから。

 見知らぬ新しい町で何かを試みるとき無駄骨を折らずに済ませようと思うなら、もっとも手っ取り早いのはボスに話をつけておくことだ。もっとも相手が気安くこちらに会ってくれるならの話ではあるが。幸い俺は掟やしがらみでがんじがらめにされたやくざではない。かといって失うことを怖れなければならない何かを持ちあわせている堅気でもない。誰と会おうと、そしてその結果がどうなろうとかまわないというものだろう。たとえ相手を怒らせる羽目になっても、自分が海に沈められる覚悟をすればいいだけの話だ。誰に迷惑がかかるというわけでもない。それに俺を海に沈めることのできる奴など、そう大勢いるとは思えない。それのできる奴がいたとしたところで、少なくともかなりの苦労なしにはやりとげることができないはずだ。

 だからこの町に着いたとき、まず俺は町のボスに会おうと試みた。さびれた路線の小さな駅を降りて、目の前の店の扉を押す。そんな俺を出迎えたのは、生きることに疲れきったような顔をした若い女だ。何もかもが楽しく感じられていいはずの年頃の娘が、そんな顔つきをしているというのは痛ましい。この様子ではこの町も、よほどうらぶれていると考えざるをえないのだろう。

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優しい男と恋する方法.10-4 [皆の恋話]

 他の人に対しては優しくなくても、私に対してだけ優しくしてくれれば満足だ――そう考える女の人も、多いのだろう。そして実際、そんな男性も世の中には存在する。
 しかし「自分と、自分の恋人や家族に対してだけ優しい人」を、本当に優しいと言えるだろうか。
 そのような人は結局のところ、自己中心的な性格でしかない。「自分」と「自分が身内と感じる相手」に対してだけ、優しくするに過ぎないからだ。

 あなたのことを彼が「自分の身内」と見なしている間であれば、彼はあなたに優しくしてくれるだろう。だが彼の優しさはあくまでも、「自分と身内」だけに対する自己中心的なものでしかない。あなたに対する彼の気持ちが何かの理由で薄れ、あなたのことを彼が「自分と一心同体の存在」だとは考えなくなってしまったら――その時あなたに対する彼の優しさは、ごく簡単に崩れ去ってしまう結果となるだろう。

「どこか幼さの残る、可愛らしい女の人がいい」という男性の気持ちも、同じくらい愚かなものだと言わねばなるまい。
「幼さが残っている」というのは、「人間として未熟だ」ということだ。そういう女性を恋人や妻にした場合、相手が自分に対して充分な気づかいをしてくれるとは期待できない。いかにも子供っぽい我がままや無思慮な態度を発揮して、手を焼かせられてしまう可能性が高いだろう。

「いい男」とは、はたしてどんな男性のことなのか。多くの女性は、勘違いしてしまっている。
「女性が憧れるような男性」と「恋人や夫婦になった時、本当に自分のことを幸せにしてくれる男性」とは、往々にして別なのだ。
「優しくしてほしい」と願いつつ、実際には決して優しくない男性を選んでしまう女性が多い。そんな女性は第三者が見ると、とても愚かしく思えてしまう。

 見た目のよさや経済力や「陰がある」という理由で男性を選んでいる女性たちに対して、賢明な人たちは内心で憐れみの気持ちを禁じ得ずにいるのだ。「彼女たちは未熟で、可哀相な人たちなのだな。本当の愛や本当の幸せを得るための方法に、まだ気づくことができずにいるなんて」と考えて。

 そして賢明な男性であれば、見た目のよさや経済力や「陰がある」などの理由で近づいてくる女性を本気で愛そうとはしないことだろう。そういう女性は決して賢明でなく、人間性が未熟だとわかってしまっているからだ。
 したがって見た目のよさや経済力や「陰がある」などの理由で男性に魅かれる未熟な女性が賢明な男性と結ばれる望みは、きわめて低いと言わざるを得まい。

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