猟犬ジョーに宿はない.1 [皆の恋話]
(ハードボイルドは愛だ、と塾頭は唱えております。
そんな持論を「純愛論」と題して、当塾で掲載させていただいたこともありました。
また、塾頭はハードボイルドのパロディを書いてみたこともあります。
そこで当塾では、その冒頭を連載させていただくことにしましょう)
どんな町にも、たいていボスがいる。
市長や議員などといった表むきの顔役のことではない。その町における人や金の動きを裏であやつっている手合いのことだ。とはいえ表向きの顔役が、そんな陰の黒幕としての役割を兼ねていないとも限らないのだが。
もちろんボスは、やくざやマフィアのこともある。しかしボスのすべてが必ずしも犯罪にかかわっているとは限らない。侠気があって人々から慕われているような者が、その町の世話役にまつりあげられていることもあるだろう。昔の日本の任侠には、そんな麗しい伝説のような話が実際にあったようだ。とある企業の経営者なり所有者が、その町を牛耳っている例も数多い。小さな町に不似合いなほど大きな企業がある場合、その企業の動向が町の運命を左右することになりかねないのだから。
見知らぬ新しい町で何かを試みるとき無駄骨を折らずに済ませようと思うなら、もっとも手っ取り早いのはボスに話をつけておくことだ。もっとも相手が気安くこちらに会ってくれるならの話ではあるが。幸い俺は掟やしがらみでがんじがらめにされたやくざではない。かといって失うことを怖れなければならない何かを持ちあわせている堅気でもない。誰と会おうと、そしてその結果がどうなろうとかまわないというものだろう。たとえ相手を怒らせる羽目になっても、自分が海に沈められる覚悟をすればいいだけの話だ。誰に迷惑がかかるというわけでもない。それに俺を海に沈めることのできる奴など、そう大勢いるとは思えない。それのできる奴がいたとしたところで、少なくともかなりの苦労なしにはやりとげることができないはずだ。
だからこの町に着いたとき、まず俺は町のボスに会おうと試みた。さびれた路線の小さな駅を降りて、目の前の店の扉を押す。そんな俺を出迎えたのは、生きることに疲れきったような顔をした若い女だ。何もかもが楽しく感じられていいはずの年頃の娘が、そんな顔つきをしているというのは痛ましい。この様子ではこの町も、よほどうらぶれていると考えざるをえないのだろう。
「いらっしゃいませ。何をさしあげましょうか」
「まだ陽の高いうちは酒を出さないだなんて、野暮なことは言わないだろうね」
「大丈夫よ、それは。うちでは何でも、お客様のお望みしだいだから。でも料理だったら、ちょっと待ってもらわなくっちゃいけないわ。いま店のマスターが買い出しに行っていて、もう少ししないと戻ってこないのよ」
「かまわないさ。酒さえもらえれば。しかしギムレットには、まだ早すぎるみたいだな。ライ・ウィスキーはあるのかい」
「ええ。ワイルド・ターキーでよければ」
「じゃあそれをストレートで。あとチェイサーがわりにバドワイザーをくれ」
「お客さん、本当の酒のみなのね。ビールをチェイサーにしてライ・ウィスキーを飲むなんて」
不機嫌そうな顔つきにもかかわらず、わりと気安く女は声をかけてくる。あるいは、それほどまでに退屈していたということだろうか。これなら何でも知っている限りのことは答えてくれそうだぞ。そう考えた俺は女が差しだしたグラスを受けとりながら、さっそく訊ねてみることにした。
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市長や議員などといった表むきの顔役のことではない。その町における人や金の動きを裏であやつっている手合いのことだ。とはいえ表向きの顔役が、そんな陰の黒幕としての役割を兼ねていないとも限らないのだが。
もちろんボスは、やくざやマフィアのこともある。しかしボスのすべてが必ずしも犯罪にかかわっているとは限らない。侠気があって人々から慕われているような者が、その町の世話役にまつりあげられていることもあるだろう。昔の日本の任侠には、そんな麗しい伝説のような話が実際にあったようだ。とある企業の経営者なり所有者が、その町を牛耳っている例も数多い。小さな町に不似合いなほど大きな企業がある場合、その企業の動向が町の運命を左右することになりかねないのだから。
見知らぬ新しい町で何かを試みるとき無駄骨を折らずに済ませようと思うなら、もっとも手っ取り早いのはボスに話をつけておくことだ。もっとも相手が気安くこちらに会ってくれるならの話ではあるが。幸い俺は掟やしがらみでがんじがらめにされたやくざではない。かといって失うことを怖れなければならない何かを持ちあわせている堅気でもない。誰と会おうと、そしてその結果がどうなろうとかまわないというものだろう。たとえ相手を怒らせる羽目になっても、自分が海に沈められる覚悟をすればいいだけの話だ。誰に迷惑がかかるというわけでもない。それに俺を海に沈めることのできる奴など、そう大勢いるとは思えない。それのできる奴がいたとしたところで、少なくともかなりの苦労なしにはやりとげることができないはずだ。
だからこの町に着いたとき、まず俺は町のボスに会おうと試みた。さびれた路線の小さな駅を降りて、目の前の店の扉を押す。そんな俺を出迎えたのは、生きることに疲れきったような顔をした若い女だ。何もかもが楽しく感じられていいはずの年頃の娘が、そんな顔つきをしているというのは痛ましい。この様子ではこの町も、よほどうらぶれていると考えざるをえないのだろう。
「いらっしゃいませ。何をさしあげましょうか」
「まだ陽の高いうちは酒を出さないだなんて、野暮なことは言わないだろうね」
「大丈夫よ、それは。うちでは何でも、お客様のお望みしだいだから。でも料理だったら、ちょっと待ってもらわなくっちゃいけないわ。いま店のマスターが買い出しに行っていて、もう少ししないと戻ってこないのよ」
「かまわないさ。酒さえもらえれば。しかしギムレットには、まだ早すぎるみたいだな。ライ・ウィスキーはあるのかい」
「ええ。ワイルド・ターキーでよければ」
「じゃあそれをストレートで。あとチェイサーがわりにバドワイザーをくれ」
「お客さん、本当の酒のみなのね。ビールをチェイサーにしてライ・ウィスキーを飲むなんて」
不機嫌そうな顔つきにもかかわらず、わりと気安く女は声をかけてくる。あるいは、それほどまでに退屈していたということだろうか。これなら何でも知っている限りのことは答えてくれそうだぞ。そう考えた俺は女が差しだしたグラスを受けとりながら、さっそく訊ねてみることにした。
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