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猟犬ジョーに宿はない.10 [皆の恋話]


「ふうむ。すると何だね。君の店は別に、この町のボスに対してショバ代を払ったりはしていないってわけだな。ショバ代を納めていれば、少なくともボスがいるのかどうかということを知らないわけはないんだから」
「ええ。それは確かね。あの店で働いているこの私が、そんなショバ代の話なんか聞いたこともないほどだもの」

「駅前の一等地にある店からショバ代をとらないだなんて、どうやらこの町のボスはよほど気前がいいらしぞ。もっともただ単に、金まわりがいいというだけのことなのかも知れないがな。いくらでも他に金もうけになる手があるのなら、そんなショバ代なんかとらなくてもいいわけだからさ」
「それは貴方の、考えちがいというものなんじゃないかしら。こんな小さな町に、そんなお金になるような儲け口が転がっていようはずはないわ」

「それもそうか。しかし、こいつはまいったな。まあ、いいや。もう歯車はまわりはじめているんだから。このまま続けていけば俺が、そのボスとやらにお目見えできることだけは間違いないだろう。もっともボスが俺の捜している女の居所を知っている望みは、かなり薄そうだけどね。おたくのマスターが、噂すら聞いたことがないって言うんじゃさ」
「でも、それはボスに聞いてみなければわからないことでしょう。もちろん貴方が本当に、この町のボスと会うことができたとしての話だけれど」

「ああ。でもボスですら俺が捜している女の噂を聞いていないとなったら、もはやこの町は俺にとって用なしさ。この町にとって、俺が用なしなのと全く同じようにね。あまりこの町から好いてもらえそうにないことを考えると、なるべく早く退散するべきなのだろうな」
「すぐに行ってしまうの? もしも貴方の捜している女の人が、この町にいないとわかったら」
「ああ。ぐずぐずしているわけには、いかないんだ。また次の町へ、女を捜しにいかなくてはならないからさ」

「そう」そう言いながら女は、心なしか目を伏せたように見える。しかしすぐに立ち止まって顔をあげ、まっすぐに俺の目を見すえた。「ありがとう、送ってもらって。ここが私の家よ。古くなった建物を知りあいから格安で借りて、ひとりで暮しているの」
「へえ、これはまた、立派な住まいじゃないか。ここから見る限り、造りもしっかりしていそうで。古くなったっていっても、別にがたがきているとかいうわけじゃないんだろう。ただ独りで住むのには、ちょっと広すぎて寂しそうだな」

「ねえ、ちょっとあがっていってくれない? ここまで送ってくれたお礼もしたいし。うちにも貴方の好きなライ・ウィスキーがあるのよ。もっともカナディアン・クラブが、酒飲みな貴方の口にあうならの話だけれど」
「いや。せっかくだけど、それはまた今度の機会にさせてもらうよ。カナディアン・クラブをライ・ウィスキーとしては認めないことにしているんだ。チャンドラーは認めていたみたいだけどね」

「でも貴方、これから一体どうするつもり? この町のどこかに宿をとってあるというわけではないんでしょう。今夜、寝るところもないんじゃないの」
「やさぐれ者に宿はないっていうからな。ブランデシ嬢に蘭がなかったようにさ。なあに、何も君に気づかってもらわなければならないようなことではないだろうよ。俺みたいなはぐれ者には、道端の縁石を枕にして夜露に濡れながら夜明けを迎えるのが似合っているんだから。あるいはそれが、永遠の眠りの床になるのだとしてもね」

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