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猟犬ジョーに宿はない.10 [皆の恋話]


「ふうむ。すると何だね。君の店は別に、この町のボスに対してショバ代を払ったりはしていないってわけだな。ショバ代を納めていれば、少なくともボスがいるのかどうかということを知らないわけはないんだから」
「ええ。それは確かね。あの店で働いているこの私が、そんなショバ代の話なんか聞いたこともないほどだもの」

「駅前の一等地にある店からショバ代をとらないだなんて、どうやらこの町のボスはよほど気前がいいらしぞ。もっともただ単に、金まわりがいいというだけのことなのかも知れないがな。いくらでも他に金もうけになる手があるのなら、そんなショバ代なんかとらなくてもいいわけだからさ」
「それは貴方の、考えちがいというものなんじゃないかしら。こんな小さな町に、そんなお金になるような儲け口が転がっていようはずはないわ」

「それもそうか。しかし、こいつはまいったな。まあ、いいや。もう歯車はまわりはじめているんだから。このまま続けていけば俺が、そのボスとやらにお目見えできることだけは間違いないだろう。もっともボスが俺の捜している女の居所を知っている望みは、かなり薄そうだけどね。おたくのマスターが、噂すら聞いたことがないって言うんじゃさ」
「でも、それはボスに聞いてみなければわからないことでしょう。もちろん貴方が本当に、この町のボスと会うことができたとしての話だけれど」

「ああ。でもボスですら俺が捜している女の噂を聞いていないとなったら、もはやこの町は俺にとって用なしさ。この町にとって、俺が用なしなのと全く同じようにね。あまりこの町から好いてもらえそうにないことを考えると、なるべく早く退散するべきなのだろうな」
「すぐに行ってしまうの? もしも貴方の捜している女の人が、この町にいないとわかったら」
「ああ。ぐずぐずしているわけには、いかないんだ。また次の町へ、女を捜しにいかなくてはならないからさ」

「そう」そう言いながら女は、心なしか目を伏せたように見える。しかしすぐに立ち止まって顔をあげ、まっすぐに俺の目を見すえた。「ありがとう、送ってもらって。ここが私の家よ。古くなった建物を知りあいから格安で借りて、ひとりで暮しているの」
「へえ、これはまた、立派な住まいじゃないか。ここから見る限り、造りもしっかりしていそうで。古くなったっていっても、別にがたがきているとかいうわけじゃないんだろう。ただ独りで住むのには、ちょっと広すぎて寂しそうだな」

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猟犬ジョーに宿はない.9 [皆の恋話]

 気を失ったままの男を医者の元に残して俺は、女と連れだって再び外へ出る。すっかり夜が更けていて、まばたく星の輝きが冷たい。
「ありがとう。君には、すっかり世話になっちまったな。巻きこむつもりは、なかったんだが」
「いいのよ。これしきのことくらい」
「お礼にというわけではないが、家までおくらせてもらおうか。どうやらこの町も、君から聞いていたよりは物騒なところらしいし」

「それはお門違いというものよ。物騒なのは決してこの町じゃなく、むしろ貴方の方なんじゃない」
そう言いながら女は、まず自らが先に立って夜道を歩きはじめた。おくっていくという俺の申し入れを拒もうとする素振りはない。
「ああ。確かに、俺は物騒な男だよ。だけどそれは、あらかじめ言っておいたはずだと思ったぜ。この町で俺は、決して大人しくしているつもりなんかないってね」

「じゃあ貴方は、わざと襲われたとでも言うの」
「もちろん襲われたのは、ただの偶然にすぎなかったわけだけどね。でも、ちょうど渡りに船だったと言うべきなのだろう。どっちみち俺は、この町の荒くれどもとの間に何らかの騒ぎを起こしてやろうと思っていたんだから」

「いったい、どういうつもりなのよ。そんな危ない目に、自ら進んで飛びこんでいくだなんて」
「奴らは面子を気にするからな。俺が下っぱをのしてしまえば必ず、より強い奴がおとしまえをつけに来るはずだろう。よそから来た俺に身内を傷ものにされて、奴らが大人しく黙って引きさがるわけはないんだから。そうやって一歩づつ階段を登りつめるように進んでいけば、いつかは必ずやボスがじきじきお出ましになるんじゃないかと考えたのさ」

「ちょっと待ってよ。じゃあ、何。貴方はボスを引きずりだすまで、襲ってくる連中を全て倒しつづけるつもりだとでも言うの? それって、すごい自信じゃない。相手は本職のやくざ者だっていうのに。しかも次に貴方の前へ現れるのは、きっとさっきの奴なんかよりも強い相手のはずだわ。あまり自分の力を過信しない方がいいわよ。ここがいくら小さな町だからって、どんな強い奴がいないとも限らないでしょう」
「その時はその時さ。どっちみち相手を選べるわけではないんだし。それに俺は、ボスと会わずに済ませるわけにはいかないんだからな」

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猟犬ジョーに宿はない.8 [皆の恋話]

 俺は女に連れられて、彼女のかかりつけだという医者の家を訪れた。そして気を失っている男を医者の足元へと放りだす。
「こいつの顔は知っているだろう。このあたりでは、いきがって威張り歩いていたみたいだからな」
いきなり押しかけられて驚きを隠そうともせずにいる顔つきの医者に俺は訊ねた。もしかすると、驚いたのを隠そうということすら考えつかずにいたのかも知れない。

「ええ。知ってます」
「よかった。じゃあ、こいつの治療にかかる費用を誰に請求すればいいかもわかるだろう。そいつからお前さんが、はたして本当に治療費をとりたてることができるかどうかは別としてさ」
「ええ、まあ」
医者の返事は、どこか力がなく頼りない。おそらく治療費をとりたてる見込みがないことに、早くも気がついていたのでなかろうか。

「だが、治療費が出そうにないからといって手をぬいたりはしない方がいいぜ。こいつの身にもし万が一のことがあったら、お前さんのせいだと奴らは考えるだろうからな。こいつのことを倒した、この俺のことを思いだすよりも先にね」
「そういうものでしょうか」

「そういうものだよ。単純なんだ、やくざ者なんていうのは。そうでなければ、やくざ稼業なんか今時やっていられるわけはないんだし。目先のことしか見えていないのさ。もしも奴らに先のことを考えるだけの頭があったら、今頃は政治家にでもなっているはずだろう。逆に言えば政治家なんてのは、やくざ者のうち目はしのきく奴がやっているんだ」
「そうとばかりは必ずしも言えないはずでしょう。立派な政治家だって、いくらかはいるんじゃないですか」
「ああ。もちろん、どこの世界にも例外はあるさ。でも政治の駆け引きなんていうのは、まんまやくざ者の世界そのものだからな。やれ面子が立つの立たないだのといった、くだらないことにこだわってばかりで」

「何も貴方は政治について論じるために、ここへいらしたわけではないんでしょう」
「ああ、そのとおりだ。じゃあ先生、よろしく頼んだよ。こんなごみくずみたいな奴でも、惚れている女がいないとは限らないからな。ごみくずのような男を殺すのは気にならないが、女を泣かすのは俺の趣味にあわないもんでね」
「それは大丈夫よ。こいつに惚れている女なんて、いるわけがないわ」
「まあ、そう実も蓋もないことを言ってやるなよ。かわいそうじゃないか。こいつだって何も好きこのんで、こんな御面相に生まれてきたわけではないんだろうから」

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猟犬ジョーに宿はない.7 [皆の恋話]

(1~6の目次を見る)

「や、やめろ。俺の体にさわるんじゃない」
どうやら、決して気を失ってはいなかったようだ。いかにも苦しそうに、とぎれとぎれのかぼそい声で男が言った。
「この期におよんで、何を強がっているんだよ。内臓が裂けているかもしれないっていうのにさ。お前さんに死なれでもしようものなら、この俺だって困るんだ。誰だって通りすがりの町なんかで、人殺しの罪を着せられたりしたくはないからな」
「自分の町でなら、人を殺してもかまわないような言い草だな」
「なんだ、しゃべれるんじゃないか。それだけ口がきけるようなら、大丈夫だよ。命に別状はないだろう。確かに俺は、人を殺すことを何とも思っちゃいないよ。その相手というのがお前さんみたいな、町のごみくずだった場合にはね」
「なんて、奴だ・・・・」
「おっと、やっぱり気を失ってしまったか。こいつは早く、手当を受けさせた方がよさそうだ。ごみくずをひとつ片付けたからといって、感謝してくれる町ばかりとは限らないからな」

男を肩にかついだまま俺は、その暗い路地裏から裏通りへと出る。そしていきなり、見知った顔と出っくわした。
「まあ、貴方じゃないの」
立ちまわりの後は、どうしても人恋しくなるためだろうか。その声が今の俺の耳には、砂漠で人と出会ったかのように懐かしい。駅前の小さな飲み屋にいた、若い女だ。

「やあ、また会ったね。昼の時は、どうも世話になったな」
「それよりどうしたの、その人。貴方のお友だち?」
「こんな品のない友だちを持ったおぼえはないよ。いきなり俺に殴りかかってきたから、ちょっぴり眠ってもらっただけさ。この顔に見覚えはないかい」
「あら、よく見てみれば。うちの店にやってきては、しょちゅう私にからむいけすかないお客さんのうちのひとりだわ。いやな奴なのよ、いつも偉そうに威張ってばかりで。また私はてっきり貴方が、酔っぱらったお友だちを介抱しているのかと思っちゃったじゃない。いかにも貴方が、仲よく肩なんか組んで歩いているものだから」

「そんなことより、このあたりで医者を知らないか。手当が遅れて、取り返しのつかないことになったりしてはまずいからな」
「その人、そんなに重い怪我をしているの? 見たところ、血が出ているわけでも何でもないのに」
「なあに、大したことはないけどね。ただ腹を固めて構えていたわけでもなんでもないところへ、思いきり俺の拳がめりこんだからな。もしかすると、内臓が破裂しているかもしれない」

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