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猟犬ジョーに宿はない.8 [皆の恋話]

 俺は女に連れられて、彼女のかかりつけだという医者の家を訪れた。そして気を失っている男を医者の足元へと放りだす。
「こいつの顔は知っているだろう。このあたりでは、いきがって威張り歩いていたみたいだからな」
いきなり押しかけられて驚きを隠そうともせずにいる顔つきの医者に俺は訊ねた。もしかすると、驚いたのを隠そうということすら考えつかずにいたのかも知れない。

「ええ。知ってます」
「よかった。じゃあ、こいつの治療にかかる費用を誰に請求すればいいかもわかるだろう。そいつからお前さんが、はたして本当に治療費をとりたてることができるかどうかは別としてさ」
「ええ、まあ」
医者の返事は、どこか力がなく頼りない。おそらく治療費をとりたてる見込みがないことに、早くも気がついていたのでなかろうか。

「だが、治療費が出そうにないからといって手をぬいたりはしない方がいいぜ。こいつの身にもし万が一のことがあったら、お前さんのせいだと奴らは考えるだろうからな。こいつのことを倒した、この俺のことを思いだすよりも先にね」
「そういうものでしょうか」

「そういうものだよ。単純なんだ、やくざ者なんていうのは。そうでなければ、やくざ稼業なんか今時やっていられるわけはないんだし。目先のことしか見えていないのさ。もしも奴らに先のことを考えるだけの頭があったら、今頃は政治家にでもなっているはずだろう。逆に言えば政治家なんてのは、やくざ者のうち目はしのきく奴がやっているんだ」
「そうとばかりは必ずしも言えないはずでしょう。立派な政治家だって、いくらかはいるんじゃないですか」
「ああ。もちろん、どこの世界にも例外はあるさ。でも政治の駆け引きなんていうのは、まんまやくざ者の世界そのものだからな。やれ面子が立つの立たないだのといった、くだらないことにこだわってばかりで」

「何も貴方は政治について論じるために、ここへいらしたわけではないんでしょう」
「ああ、そのとおりだ。じゃあ先生、よろしく頼んだよ。こんなごみくずみたいな奴でも、惚れている女がいないとは限らないからな。ごみくずのような男を殺すのは気にならないが、女を泣かすのは俺の趣味にあわないもんでね」
「それは大丈夫よ。こいつに惚れている女なんて、いるわけがないわ」
「まあ、そう実も蓋もないことを言ってやるなよ。かわいそうじゃないか。こいつだって何も好きこのんで、こんな御面相に生まれてきたわけではないんだろうから」

「あの、ちょっとお聞きしておきたいんですが」
そう俺と女との話に割りこんできた医者は、いかにも気が弱そうな口ぶりだ。この様子ではやくざ者から治療費をとりたてることなど、とてもできるとは思えない。

「これって本当に貴方は、この人を一発しか殴らなかったんですか。この傷の様子を見る限り、とてもそうは信じられないんですけど」
「本当だよ」そう答えた時の俺が、いくらか誇らしい気持ちを感じていたことは素直に認めなければならないだろう。「そんなことで嘘を言ってどうする。だがそんなことを、あまり言いふらしてやるんじゃないぜ。こいつにだって、面子があろうってものだからな」

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