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猟犬ジョーに宿はない.11 [皆の恋話]

「もしかして貴方、操をたてているとでもいうの? その、貴方が捜しているという女の人に」
「そんなことはないさ。ただこれ以上、君を巻きこみたくはないだけだよ。よそ者の俺に優しい口をきいてくれる、この町ではえがたい友だちの君をね。どうやら俺は、すでにこの町の荒くれどもから目をつけられているみたいだからな。あまり長いこと俺と一緒にいたりしようものなら、いづれは君にまでとばっちりがかかっちまわないとも限らないだろう」

「でもそれは貴方が、自らすすんで引きおこしたことじゃない。今夜はもう、いいんじゃないの。このうえ何も、わざわざもめごとの中へ飛びこんでいくような真似をしなくても。私のところへ泊まっていけば、少なくとも明日の朝まではかくまってあげられるわ。どうしても貴方がもめごとを起こしたいんだとしても、一晩ゆっくり休んでからにした方がいいんじゃないかしら」

その申し出に感謝しながらも俺は、気のない素振りで女に答える。
「本当に優しいんだな、君は。それに言うことが、いかにも女の子らしいじゃないか。そりゃあ俺だって、ちったあ君の言うとおりにできたらなと思わないわけでもないんだぜ。しかし、決してそうは問屋がおろさないんだ。俺は少しも時間を無駄にしてなんか、いられないんだから。それにもともと、もめごとは俺の商売なもんでね。今さら、おちおち休んでいようだなんて気になれるもんじゃないよ」

「そんなことを言ったって、どうするつもりだっていうのよ。寝るところもないっていうのに。まさかこのまま一晩中、物騒なまねを続けるつもりじゃないんでしょう」
顔にうかんだ微笑みをこらえきれずに、俺は思わず笑いだしてしまった。
「その、まさかだよ。さっき俺が殴り倒した男の仲間たちが今頃、俺のことを捜しまわって大騒ぎしているはずだからな。ちょっくら行って御挨拶をしてこなければ、礼儀を欠くっていうものだろうさ」

「自信過剰よ、貴方は。やくざ者たちの間へ、それもたったひとりで飛びこんでおきながら無事でいられるなどと思っているだなんて。だけど私がいくら止めても、どうせ貴方は行ってしまうのでしょうね。いいわ、行ってらっしゃい。そしてどれほど自分が身のほど知らずだったのか、思い知らされてくればいいんだわ。そうしたら私は、思いっきり貴方のことを笑ってあげるから。もっともそれだって貴方が、生きて再び私の元へ姿を現すことができたならの話でしかないわけだけど」

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猟犬ジョーに宿はない.10 [皆の恋話]


「ふうむ。すると何だね。君の店は別に、この町のボスに対してショバ代を払ったりはしていないってわけだな。ショバ代を納めていれば、少なくともボスがいるのかどうかということを知らないわけはないんだから」
「ええ。それは確かね。あの店で働いているこの私が、そんなショバ代の話なんか聞いたこともないほどだもの」

「駅前の一等地にある店からショバ代をとらないだなんて、どうやらこの町のボスはよほど気前がいいらしぞ。もっともただ単に、金まわりがいいというだけのことなのかも知れないがな。いくらでも他に金もうけになる手があるのなら、そんなショバ代なんかとらなくてもいいわけだからさ」
「それは貴方の、考えちがいというものなんじゃないかしら。こんな小さな町に、そんなお金になるような儲け口が転がっていようはずはないわ」

「それもそうか。しかし、こいつはまいったな。まあ、いいや。もう歯車はまわりはじめているんだから。このまま続けていけば俺が、そのボスとやらにお目見えできることだけは間違いないだろう。もっともボスが俺の捜している女の居所を知っている望みは、かなり薄そうだけどね。おたくのマスターが、噂すら聞いたことがないって言うんじゃさ」
「でも、それはボスに聞いてみなければわからないことでしょう。もちろん貴方が本当に、この町のボスと会うことができたとしての話だけれど」

「ああ。でもボスですら俺が捜している女の噂を聞いていないとなったら、もはやこの町は俺にとって用なしさ。この町にとって、俺が用なしなのと全く同じようにね。あまりこの町から好いてもらえそうにないことを考えると、なるべく早く退散するべきなのだろうな」
「すぐに行ってしまうの? もしも貴方の捜している女の人が、この町にいないとわかったら」
「ああ。ぐずぐずしているわけには、いかないんだ。また次の町へ、女を捜しにいかなくてはならないからさ」

「そう」そう言いながら女は、心なしか目を伏せたように見える。しかしすぐに立ち止まって顔をあげ、まっすぐに俺の目を見すえた。「ありがとう、送ってもらって。ここが私の家よ。古くなった建物を知りあいから格安で借りて、ひとりで暮しているの」
「へえ、これはまた、立派な住まいじゃないか。ここから見る限り、造りもしっかりしていそうで。古くなったっていっても、別にがたがきているとかいうわけじゃないんだろう。ただ独りで住むのには、ちょっと広すぎて寂しそうだな」

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猟犬ジョーに宿はない.9 [皆の恋話]

 気を失ったままの男を医者の元に残して俺は、女と連れだって再び外へ出る。すっかり夜が更けていて、まばたく星の輝きが冷たい。
「ありがとう。君には、すっかり世話になっちまったな。巻きこむつもりは、なかったんだが」
「いいのよ。これしきのことくらい」
「お礼にというわけではないが、家までおくらせてもらおうか。どうやらこの町も、君から聞いていたよりは物騒なところらしいし」

「それはお門違いというものよ。物騒なのは決してこの町じゃなく、むしろ貴方の方なんじゃない」
そう言いながら女は、まず自らが先に立って夜道を歩きはじめた。おくっていくという俺の申し入れを拒もうとする素振りはない。
「ああ。確かに、俺は物騒な男だよ。だけどそれは、あらかじめ言っておいたはずだと思ったぜ。この町で俺は、決して大人しくしているつもりなんかないってね」

「じゃあ貴方は、わざと襲われたとでも言うの」
「もちろん襲われたのは、ただの偶然にすぎなかったわけだけどね。でも、ちょうど渡りに船だったと言うべきなのだろう。どっちみち俺は、この町の荒くれどもとの間に何らかの騒ぎを起こしてやろうと思っていたんだから」

「いったい、どういうつもりなのよ。そんな危ない目に、自ら進んで飛びこんでいくだなんて」
「奴らは面子を気にするからな。俺が下っぱをのしてしまえば必ず、より強い奴がおとしまえをつけに来るはずだろう。よそから来た俺に身内を傷ものにされて、奴らが大人しく黙って引きさがるわけはないんだから。そうやって一歩づつ階段を登りつめるように進んでいけば、いつかは必ずやボスがじきじきお出ましになるんじゃないかと考えたのさ」

「ちょっと待ってよ。じゃあ、何。貴方はボスを引きずりだすまで、襲ってくる連中を全て倒しつづけるつもりだとでも言うの? それって、すごい自信じゃない。相手は本職のやくざ者だっていうのに。しかも次に貴方の前へ現れるのは、きっとさっきの奴なんかよりも強い相手のはずだわ。あまり自分の力を過信しない方がいいわよ。ここがいくら小さな町だからって、どんな強い奴がいないとも限らないでしょう」
「その時はその時さ。どっちみち相手を選べるわけではないんだし。それに俺は、ボスと会わずに済ませるわけにはいかないんだからな」

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猟犬ジョーに宿はない.8 [皆の恋話]

 俺は女に連れられて、彼女のかかりつけだという医者の家を訪れた。そして気を失っている男を医者の足元へと放りだす。
「こいつの顔は知っているだろう。このあたりでは、いきがって威張り歩いていたみたいだからな」
いきなり押しかけられて驚きを隠そうともせずにいる顔つきの医者に俺は訊ねた。もしかすると、驚いたのを隠そうということすら考えつかずにいたのかも知れない。

「ええ。知ってます」
「よかった。じゃあ、こいつの治療にかかる費用を誰に請求すればいいかもわかるだろう。そいつからお前さんが、はたして本当に治療費をとりたてることができるかどうかは別としてさ」
「ええ、まあ」
医者の返事は、どこか力がなく頼りない。おそらく治療費をとりたてる見込みがないことに、早くも気がついていたのでなかろうか。

「だが、治療費が出そうにないからといって手をぬいたりはしない方がいいぜ。こいつの身にもし万が一のことがあったら、お前さんのせいだと奴らは考えるだろうからな。こいつのことを倒した、この俺のことを思いだすよりも先にね」
「そういうものでしょうか」

「そういうものだよ。単純なんだ、やくざ者なんていうのは。そうでなければ、やくざ稼業なんか今時やっていられるわけはないんだし。目先のことしか見えていないのさ。もしも奴らに先のことを考えるだけの頭があったら、今頃は政治家にでもなっているはずだろう。逆に言えば政治家なんてのは、やくざ者のうち目はしのきく奴がやっているんだ」
「そうとばかりは必ずしも言えないはずでしょう。立派な政治家だって、いくらかはいるんじゃないですか」
「ああ。もちろん、どこの世界にも例外はあるさ。でも政治の駆け引きなんていうのは、まんまやくざ者の世界そのものだからな。やれ面子が立つの立たないだのといった、くだらないことにこだわってばかりで」

「何も貴方は政治について論じるために、ここへいらしたわけではないんでしょう」
「ああ、そのとおりだ。じゃあ先生、よろしく頼んだよ。こんなごみくずみたいな奴でも、惚れている女がいないとは限らないからな。ごみくずのような男を殺すのは気にならないが、女を泣かすのは俺の趣味にあわないもんでね」
「それは大丈夫よ。こいつに惚れている女なんて、いるわけがないわ」
「まあ、そう実も蓋もないことを言ってやるなよ。かわいそうじゃないか。こいつだって何も好きこのんで、こんな御面相に生まれてきたわけではないんだろうから」

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