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猟犬ジョーに宿はない.7 [皆の恋話]

(1~6の目次を見る)

「や、やめろ。俺の体にさわるんじゃない」
どうやら、決して気を失ってはいなかったようだ。いかにも苦しそうに、とぎれとぎれのかぼそい声で男が言った。
「この期におよんで、何を強がっているんだよ。内臓が裂けているかもしれないっていうのにさ。お前さんに死なれでもしようものなら、この俺だって困るんだ。誰だって通りすがりの町なんかで、人殺しの罪を着せられたりしたくはないからな」
「自分の町でなら、人を殺してもかまわないような言い草だな」
「なんだ、しゃべれるんじゃないか。それだけ口がきけるようなら、大丈夫だよ。命に別状はないだろう。確かに俺は、人を殺すことを何とも思っちゃいないよ。その相手というのがお前さんみたいな、町のごみくずだった場合にはね」
「なんて、奴だ・・・・」
「おっと、やっぱり気を失ってしまったか。こいつは早く、手当を受けさせた方がよさそうだ。ごみくずをひとつ片付けたからといって、感謝してくれる町ばかりとは限らないからな」

男を肩にかついだまま俺は、その暗い路地裏から裏通りへと出る。そしていきなり、見知った顔と出っくわした。
「まあ、貴方じゃないの」
立ちまわりの後は、どうしても人恋しくなるためだろうか。その声が今の俺の耳には、砂漠で人と出会ったかのように懐かしい。駅前の小さな飲み屋にいた、若い女だ。

「やあ、また会ったね。昼の時は、どうも世話になったな」
「それよりどうしたの、その人。貴方のお友だち?」
「こんな品のない友だちを持ったおぼえはないよ。いきなり俺に殴りかかってきたから、ちょっぴり眠ってもらっただけさ。この顔に見覚えはないかい」
「あら、よく見てみれば。うちの店にやってきては、しょちゅう私にからむいけすかないお客さんのうちのひとりだわ。いやな奴なのよ、いつも偉そうに威張ってばかりで。また私はてっきり貴方が、酔っぱらったお友だちを介抱しているのかと思っちゃったじゃない。いかにも貴方が、仲よく肩なんか組んで歩いているものだから」

「そんなことより、このあたりで医者を知らないか。手当が遅れて、取り返しのつかないことになったりしてはまずいからな」
「その人、そんなに重い怪我をしているの? 見たところ、血が出ているわけでも何でもないのに」
「なあに、大したことはないけどね。ただ腹を固めて構えていたわけでもなんでもないところへ、思いきり俺の拳がめりこんだからな。もしかすると、内臓が破裂しているかもしれない」

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猟犬ジョーに宿はない.6 [皆の恋話]

そう言いながら、俺は頭のなかで考えた。もしも彼らが強かったなら、あるいは彼らのうちの誰か一人でも飛び道具を持っていたならば。とてもじゃないが、三対一ではまともに勝ち目がないだろう。しかし彼らが飛び道具を持っているとは思えない。これだけ小さな町で、目立った抗争があるわけでもなさそうなのに飛び道具を持ち歩かなければならないわけはないのだ。そして飛び道具さえなければ彼らなど、たとえ三人束になったところで何ら怖れるには足りるまい。よく吠える犬に強い犬がいたためしはないのだから。

「おい、貴様。それはいったい、どういう意味だよ」
「なるほど。君にはちょっと、難しすぎたかもしれないね。しょせんは君なんか、にごった小さな水たまりのなかでいい気になっているおたまじゃくしに過ぎないっていう意味さ」
「このお」

男は赤ら顔をさらに真っ赤に染めたかと思うと、俺の顔めがけて拳をくりだしてくる。知らないのだろうか。いきなり相手の顔に殴りかかるのは、最もまずい手だてだということを。顔をねらったのでは避けられてしまう怖れが高いし、逆に自分は腕が上にあがっているため相手の拳が飛んでくるのを防ぐのが難しいのだ。俺の顔のわずか数ミリ横で男の拳が空を切った時、いきおいよく踏みこんできたその腹には俺の拳が二十センチもめりこんでいた。拳が腹へめりこんでいく音さえも、はっきりと聞きとれたような気がする。

「げっ」
それが誰であれ、腹の皮と背中の皮とがくっつくような衝撃をくらって無事でいられる奴などいない。ひとこと声にもならないような鈍い息を吐いたかと思うと、その場に男は崩れおちてしまった。そしてそのまま、立ちあがろうとする気力すらなくしてしまったようだ。もしかすると、内臓が破裂したのでなかろうか。そう考えるのが決して大げさでないほど、俺の拳は見事に男の腹へ喰いこんだのだから。

「てめえ」
それまで男の陰に隠れていた、ふたりの腰ぎんちゃくが気色ばむ。哀れな奴らだ。たったの一撃で兄貴分が倒されたのを見て、もはや自分たちの腕ではかなうわけもないことを悟っているはずだろうに。見栄や浮世のしがらみから、それでも一応は闘う素振りを見せなければならないだなんて。そんな彼らに、俺は優しく声をかけた。もっとも彼らには俺の声が天使のささやきなどではなく、地獄の悪魔の呪いに聞こえたのかもしれないが。

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猟犬ジョーに宿はない.5 [皆の恋話]

 昼間の町は働きアリたちのものだ。

 そこではお堅いスーツに身を固めた貧乏人どもが、得意気に肩で風をきって我がもの顔にのしあるく。俺のようなはみだし者は、隅の方でちぢこまって道をあけなければならない。やれ取り引きだとか役所がどうしたこうしただのと奴らは、すっかり自分たちが町を取りしきっているような気になってしまっていやがるのだ。もっともこんなちっぽけな町では取り引きなどといってみたところで、しょせんはたかが知れているのだけれど。

 思えば哀れなものよ。奴らは結局、奴らなどよりはるかにしたたかな者たちの手で操られているに過ぎないというのに。それに少しも気がつかないで、すっかりのぼせあがってしまっているだなんて。奴らが取り引きとやらで扱う金だって、ほとんど奴らの懐には入らずに吸いあげられてしまうのが落ちだってのにな。自分では使えもしないくせに大きな額の金を扱うだけで、なんだか金持ちになったような錯覚を起こしているのだろう。

 それに対して夜が更けてからの町は、女王アリと雄アリたちとのためのものだ。派手に着飾った女のまわりに、欲であぶらぎった男どもが群がる。そこではもはや、働きアリなどに用はない。たまに身のほどをわきまえず紛れこんできた働きアリは、いいカモにされて身ぐるみはがされるのが関の山だ。彼らが死ぬまで働きつめても手にすることのできないような額の金が、夜の町ではひとつ瞬きをする間に闇のなかへと消えていく。彼らが昼の間にあくせく働いているのも、すべてはそんな夜の世界を支えるために過ぎないだなんて。もしも彼らのうちの誰かがそれを知ったなら、いったいどんな気がするのだろうか。もっともよくできたもので、彼らは決してそんなことに気がつかないまま死へおもむくことが多いのだが。

 その小さな町の小さな駅に降りたった日の午後。何も俺は聞きこみをしてまわるのを怠っていたというわけでない。しかし俺には、わかっていた。まだ陽が高いうちは何を聞きこんでみても無駄なはずだということが。働きアリたちは自らの墓を掘るのに忙しく、とてもよそ者などにかまってはいられないのだ。こんな小さな町でよそ者を歓迎してくれそうなのは、よそ者の顔がカモに見えるという夜の世界の住人たちだけだろう。

「おい、そこの貴様。てめえ、このへんでは見ねえ顔だな。ちょっとつらぁ貸せや」
裏通りからさらにうす暗い路地裏へと入りこんだばかりの俺を、腹の底から絞りだしてでもいるかのようなだみ声が呼びとめる。俺が振りかえってみると、わずかにさしこんでくる街灯の光に男の顔の左半分だけが照らしだされていた。いかにも脂ぎって垢じみた赤ら顔だ。いきがってはみても、しょせんは女王アリに群がる雄アリのうちの一匹に違いない。あるいはわずかなあがりをせめてものお情けに与えられ、陰で蔑まれながらいいように操られる唯の兵隊アリ。それでもこいつよりさらに惨めな立場の男がいるらしく、後ろに黒い影をふたつ引きつれている。

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猟犬ジョーに宿はない.4 [皆の恋話]

同じことを繰り返してばかりいると、何だか自分が馬鹿になってしまったように思えてくる。おそらく俺は、本当に頭が悪くなりつつあるのだろう。そろそろ俺の脳細胞も、すっかりアルコール漬けになりかけているはずの頃だ。女を捜してあちこちの街をさまよい歩くようになってからというもの、いつもアルコール度の高いライ・ウィスキーばかり飲みつづけているのだから。

「その望みは薄いわよ。この町に見知らぬ顔がやってきたら、ボスなんかよりも先ずこの店に噂が流れてくるはずだもの。ここはこんな小さな店だけれども、駅のまん前にある店はここひとつしかないわけだしね」
「で、そんな噂を君は全く耳にしていないって言うのかい」

「ええ。でも私が知らないだけで、マスターが何か聞いているかもしれないわ」
「じゃあマスターに聞いてみよう。それにマスターだったら、この町のボスと会うための手づるを何か知っているかもしれないしな」
「どうしてうちのマスターが、そのボスとやらに手づるがあるかも知れないだなんて思うの」

「そんなのは、わかりきったことだよ。どこであれ、ひとつの町を取りしきろうだなんて考える奴のやることなんか決まりきっているんだから。まずはその町の酒場と、あと女とを押さえるんだ。もちろんその上さらに、もっと危いものにまで手を出す場合もあるけどな。まず基本は、どこでも酒と女なのさ。そしてそのふたつが、ここにはそろっているわけだろう」
「ちょっと待って。それ、いったいどういう意味よ。お安く見ないでよね。こう見えてもこの店は素性の正しい飲み屋だし、私だって町の女なんかとは違うんだから」

「いや、そういう意味じゃない。気を悪くしたのなら、すまなかったな。そういうつもりで言ったんじゃなかったんだ。どの町にもいい女がいて、いい酒を出す店があるだろう。荒くれどもが仕事の帰りに立ちよっては一杯ひっかけていくのを、何よりもの楽しみにしているような店がさ。この町の場合、ここがそんな店なんじゃないのかい。そして町のボスともなれば、そんな店のことを決して見落としたりはしない。そんな店こそ他のどこよりもまず、その町の人と情報とが集まる所だからだ。したがってこの町のボスは、きっと何らかの形でこの店のマスターとつながりがあるはずだと思ったんだよ」

「なるほど、そういうわけね。とにかくマスターに訊いてみるといいわ。もうすぐ帰ってくるでしょうから」
「いや、そろそろ行かないといけない」グラスにわずかばかり残っていた酒を飲みほして、俺は立ちあがった。「マスターには、君から聞いておいてくれないか」

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