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猟犬ジョーに宿はない.5 [皆の恋話]

 昼間の町は働きアリたちのものだ。

 そこではお堅いスーツに身を固めた貧乏人どもが、得意気に肩で風をきって我がもの顔にのしあるく。俺のようなはみだし者は、隅の方でちぢこまって道をあけなければならない。やれ取り引きだとか役所がどうしたこうしただのと奴らは、すっかり自分たちが町を取りしきっているような気になってしまっていやがるのだ。もっともこんなちっぽけな町では取り引きなどといってみたところで、しょせんはたかが知れているのだけれど。

 思えば哀れなものよ。奴らは結局、奴らなどよりはるかにしたたかな者たちの手で操られているに過ぎないというのに。それに少しも気がつかないで、すっかりのぼせあがってしまっているだなんて。奴らが取り引きとやらで扱う金だって、ほとんど奴らの懐には入らずに吸いあげられてしまうのが落ちだってのにな。自分では使えもしないくせに大きな額の金を扱うだけで、なんだか金持ちになったような錯覚を起こしているのだろう。

 それに対して夜が更けてからの町は、女王アリと雄アリたちとのためのものだ。派手に着飾った女のまわりに、欲であぶらぎった男どもが群がる。そこではもはや、働きアリなどに用はない。たまに身のほどをわきまえず紛れこんできた働きアリは、いいカモにされて身ぐるみはがされるのが関の山だ。彼らが死ぬまで働きつめても手にすることのできないような額の金が、夜の町ではひとつ瞬きをする間に闇のなかへと消えていく。彼らが昼の間にあくせく働いているのも、すべてはそんな夜の世界を支えるために過ぎないだなんて。もしも彼らのうちの誰かがそれを知ったなら、いったいどんな気がするのだろうか。もっともよくできたもので、彼らは決してそんなことに気がつかないまま死へおもむくことが多いのだが。

 その小さな町の小さな駅に降りたった日の午後。何も俺は聞きこみをしてまわるのを怠っていたというわけでない。しかし俺には、わかっていた。まだ陽が高いうちは何を聞きこんでみても無駄なはずだということが。働きアリたちは自らの墓を掘るのに忙しく、とてもよそ者などにかまってはいられないのだ。こんな小さな町でよそ者を歓迎してくれそうなのは、よそ者の顔がカモに見えるという夜の世界の住人たちだけだろう。

「おい、そこの貴様。てめえ、このへんでは見ねえ顔だな。ちょっとつらぁ貸せや」
裏通りからさらにうす暗い路地裏へと入りこんだばかりの俺を、腹の底から絞りだしてでもいるかのようなだみ声が呼びとめる。俺が振りかえってみると、わずかにさしこんでくる街灯の光に男の顔の左半分だけが照らしだされていた。いかにも脂ぎって垢じみた赤ら顔だ。いきがってはみても、しょせんは女王アリに群がる雄アリのうちの一匹に違いない。あるいはわずかなあがりをせめてものお情けに与えられ、陰で蔑まれながらいいように操られる唯の兵隊アリ。それでもこいつよりさらに惨めな立場の男がいるらしく、後ろに黒い影をふたつ引きつれている。

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