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9番目の夢.32 [20才と31才の恋話]

「それでセンパイ、話っていったい何なの」
 運ばれてきたグラスの水をひとくち含んで夏代が訊く。
「うん。それが、ふたつあるんだ」昇は答えた。「先ずひとつ目は、敏男の話なんだけどね」

 おりから食事時とあって、店の中には客が多い。昇たちのすぐ隣の席でも、恋人どうしと思われる男女のふたり連れが甲高い声で話しこんでいる。どちらかというと、あまり立ちいった話をしやすい雰囲気とは言えないだろう。

 敏男が昇の部屋へ泊まっていった日の数日後。仕事がおわってから昇は夏代を夕食にさそった。夏代に対する敏男と自らの気持ちを、彼女に話してしまわなければと思ったのだ。昇が夏代とつれだって食事に出ることは決して珍しくもなんともない。これまでにも何度か、残業をしてもらった後など食事を共にしたことがある。

「敏男先輩が、どうかしたの」何気なさそうに夏代が訊ねた。
「いや。たいしたことじゃないんだけど」昇は言いよどむ。「この間つぐみたちと会った時、あのあと敏男とふたり飲み明かしたってことは話したっけね」
「どうせまた私の悪口で盛り上がったとでもいうんでしょう」
「正直な話、それも少しはあったな」

 あの夜のことを思い出しながら昇は答えた。そういえばあの後すっかり酔いつぶれた敏男が、自らにつれない夏代のことを昇の前でこきおろしてみせるという一幕もあったのだ。もちろん昇には、はっきりとわかる気がする。それは敏男ならではの照れかくしだったのだろうということが。しかしそんな男心など、夏代のような若い女の子には決してわかってもらえるはずもない。

「やっぱり。ええ、ええ、どうせそうでしょうよ。昇センパイと敏男先輩のふたりがそろったら、私の悪口を言わないわけがないものね。センパイたちなんか、そのまま酔っ払ってアル中にでもなってしまえばよかったんだわ」

 夏代。それは違うよ。敏男と僕はふたりとも、夏代に恋こがれているんだぜ。夏代の悪口を言うどころじゃない、ふたりとも心の中では夏代のことを誉めたたえたい気持ちでいっぱいなんだ。夏代のことを慕い、夏代に憧れてさえいるんだよ。どれほど昇は夏代に、そう言ってしまいたかったことだろう。だがもちろん今の彼にはまだ、そんなことを口に出すだけの勇気などありもしなかった。

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