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9番目の夢.29 [20才と31才の恋話]

「まいりました。先輩、俺の負けです」敏男は腰をひいて、昇の前で頭を下げてみせた。「俺にはとうてい、そこまで深く夏代のことを愛してなんかやれません。いくら夏代を好きだからって、俺はやっぱり自分のことが可愛いですからね。夏代のことを本当に考えてやってくれているのは先輩だけですよ。夏代を幸せにしてやれる奴なんて先輩しかいないんです」

「そうだろうか」
 力なく、昇がつぶやく。彼はすでに、すっかり敏男に乗せられかけてしまっていたのだ。

「先輩、夏代のことを第一に考えてやって下さい。先輩が夏代にふさわしいかだなんてことは気にせずに、夏代のためだけを思ってやって下さい。夏代は今、とても不安定で、迷ったり悩んだりしているはずです。そして、そんな夏代のことをささえてやれる相手は、この世に先輩ただひとりしかいないんですよ。さっき先輩も言っていたように、夏代のささえになってやって下さい。お願いします」

「そりゃあ俺にできるものなら、そうしたいのはやまやまだが」
「ここまできて何をためらっているんですか。夏代は先輩のことを頼りにしているんです。そんな先輩が夏代のことをささえてやらなくて、他の誰にその役目が務まるというんですか」

「わかった。俺にできるかぎりのことはやるよ」とうとう昇は敏男に説き伏せられてしまった。「でも、いいか。その役目をはたすべきなのは本当にこの俺なのか。それとも他の誰か、たとえば敏男がかわりにその役目をはたすべきなのか。それを決めるのは、この俺じゃない。それは夏代が決めるべきことだ。そうだろう」
「まあ、それは確かにそうですね」
 敏男には逆らうべき言葉もない。

「だから、それは夏代に決めてもらおうぜ」
「夏代に決めてもらうって、いったいどうするつもりなんですか」
「ちかいうち、敏男の気持ちを夏代に話すよ。お前が今でもまだ夏代を好きだっていうことをな」
「えっ、やめてくださいよ。俺のことなんか、どうでもいいんですから」

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