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9番目の夢.37 [20才と31才の恋話]

「お久しぶりです。あなたの夏代です。
 ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、私は現在、何を勘違いしてしまったのか、某ミッション系フライ級お嬢ちゃんお坊ちゃん大学へ通っております。しかも、お洒落な女の子がやたら多いのよ学部の、ついでに化粧も上手いのよ学科です。

 で、その「某ミッション系フライ級お嬢ちゃんお坊ちゃん大学」ですが。私のような一般庶民には大変通いづらい大学でございまして。正直言って四年も続くもんだか今から心配であります。どんな場所ででも上手くやって行ける方も世の中には沢山いらっしゃるようですけれども。何せ私は人づきあいの要領が悪い。おまけにやたらとトラブルに巻きこまれてしまうというありがたくない才能に恵まれておりまして。(それは、お前が危ない橋ばっかり渡るからじゃねえかとのお叱りを受けてしまいそうですが、決して決してそれだけが理由ではないのですよ、本当に!)

 御安心ください。夏代は、まだまだ貧乏クジ引いてます。ツキは、とっくに逃げて行きました。今日は、そのどうもツイてない学生生活の中のある一日、あるひとときの出来事をお話したいと思います。

 「地方の豪族」

 私の友人(もっとも、あまり友人とは思いたくないのも山々なのですが)にRというお嬢様がいらっしゃいます。まこともって「いらっしゃいます」と言うのに相応しいそのお顔立ちとお姿とお言葉づかいとご性格。そんな方でございまして。

 「父が、危ないと言うものですから」。それが、彼女の、自転車に乗れない理由だそうでございます。(大袈裟だと思うでしょ? 嘘だと思うでしょ? ホントなんです)
 で、そのRですが。高校までは岩手に住んでいたそうです。厳しい厳しい、大富豪のお父様お母様の元を離れ、憧れの東京へ出てきて、(目玉の飛び出るような入寮料を取られる某学生会館で)一人暮らしの女子大生となったものですから、もう嬉しくて大はしゃぎです。

 こういうタイプの方が、この大学にはわりと沢山いらっしゃいまして。私はひそかに、一人で勝手に、彼女達のことを「地方の豪族」と呼んでいるのですが。
 「地方の豪族」それは、大変趣ぶかいものでございます。

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9番目の夢.36 [20才と31才の恋話]

 その後は、特にこれといった話も出なかった。おたがいが読んだ本や、身近な誰かれの噂など、とりとめもない話をかわしながら夏代と昇は食事を続ける。こんな僕たちふたりのことが、端の者の目にはいったいどう写っているのだろう。けっこう仲のいい恋人どうしに見えたりしているのではなかろうか。

「先輩は夏代とつきあうつもりをしているんですか」
 この前の夜、そう敏男に訊かれたことを昇は思い出した。
「よしてくれよ。俺はもう、つきあうだなんて言葉が似合うような齢じゃないだろうさ」
 そんな敏男に対して昇は、そう答えてみせたのだ。

 今のままでも夏代と昇はたびたび食事を一緒にしたり、あるいはふたりで酒を飲みにいったりすることがある。それでなくとも毎日のように職場でお互い顔をあわせているのだし。この上あらためて夏代とつきあうということは、いったい何を意味するのだろうか。このままずっと今のような関りを夏代と続けていくことができるなら、それでいいのではなかろうか。今のこのようなありさまで、何が不足だというのだろう。この上いったい何を望むことがあるというのだろう。何を望むべきだというのだろう。

「大学なんて、ろくな所じゃなかったわ」
 食後のコーヒーを飲みながら、いきなり夏代がそう言いだした。

「いったいどうしたっていうんだ。びっくりするじゃないか、急に大きな声を出して」
「ごめんなさい。でもふと思い出しちゃったの。例の、地方の豪族を」
「ああ、あれか」

 夏代の言葉に昇も納得がいく。地方の豪族というのは、まだ大学へ入ったばかりの頃に夏代が書いて昇にも見せてくれた文章のタイトルだ。そう言えばあの文章の中にも、店で食事をする場面が出てきていた。そんなつながりで、いきなり地方の豪族のことを思い出したりしたものだと思われる。それにしても夏代の頭の中は、いったいどういうしくみになっているというのだろう。仮にもひとりの男が自らを愛していると知らされたばかりなのだ。これが普通の女の子なら、しばらくの間はそのことで頭がいっぱいなはずではないのだろうか。にもかかわらず、地方の豪族のことを思い出しているだなんて。やはり夏代はよほど普通じゃないに違いない。

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9番目の夢.35 [20才と31才の恋話]

(「9番目の夢.34」を読む)

「でもさ、じゃあいったいどんな男の人なら夏代につりあうんだろうね」
「まずいないでしょうね、そんな人は」こともなげに夏代は言い切ってみせた。「いいの、私は。ずっとひとりで生きていくんだから」

「確かに今の夏代がそういうことを考えられない時期だということは、端で見ていてわかるような気がしないでもないよ」昇が食い下がる。「ただ、いつまでもそれが続くとは決して限らないだろう」
「先のことは、わからないわよ」あいかわらず夏代の口ぶりは力強い。「でも先のことは考えないようにしているの。先のことなんか、考えてみたってしかたがないんだし」
「そうか」

 とりつくしまもない夏代の態度に、昇は言葉もなく引き下がった。今はもうこれ以上、何を言ってもしかたがない。今の夏代に何を言っても、しょせんは無駄なのでなかろうか。昇にはそんな気がしてならなかったのだ。敏男と自らとの気持ちをぜひとも夏代に打ち明けようと気負いたっていた心が、見る見る間にしぼんでしまう。その勢いをとめることなど、昇にはできるはずもない。

 昇は考えこんでしまった。これがもしも敏男でなく、他ならない昇みづからの夏代に対する想いを打ち明けたのだったとしたら、はたしてどうだったのだろう。その場合でも夏代は、やはり同じような返事しかしないのだろうか。夏代に対する昇の愛を決して受け入れてくれることなく、ひとりで生きて行くのだと言いはるのだろうか。

 もちろんそれを確かめてみることは出来る。ためらったりせずに思い切って、自らの気持ちを夏代に打ち明けてしまえばいいのだ。そしてそれに対する夏代の返事を聞けばいいのだ。しかしそんな勇気など今の昇には、もはやなかった。打ち明けてみるまでもなく夏代の返事は、わかりきっているような気がする。昇にとって望ましい返事を聞くことができるなどとは、とうてい思えない。

「ね、センパイ。このおいしそうなところ少しあげる」
 しばらく黙って口を動かしていた夏代が自らの皿を昇の方にむけて押しやった。
「これはどうも。じゃあ夏代も、好きなところを持っていってくれてかまわないよ」
 昇は昇で、やはり自らの皿を夏代の方に差し出す。
「わあ、センパイ、ありがとう。じゃあ遠慮なく、っと」

 はしゃぎながら夏代が自らの料理を昇の皿に、そして昇の料理を自らの皿にそれぞれとりわけた。なんだかとても雰囲気がいいな、と昇は改めて思う。こういう親しさを夏代はどう思っているのだろうか。夏代と昇との間にまぎれもなく存在していると、少なくとも昇の側では考えている心の通いあいを、夏代はどういうふうにとらえているのだろう。

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9番目の夢.34 [20才と31才の恋話]

(「9番目の夢.33」を読む)

「で、話の続きなんだけどね」ふと手を休めて夏代が切り出した。ひとり物思いにふけっていた昇も、はっと我に帰って顔を上げる。「私その人たちに、皆おことわりさせてもらっているのよ。少なくとも今のところは、どなたともおつきあいする気がありません、っていって」

「へえ。どうして」
「今はまだ、とにかくそういう時期じゃないのよ。今の私は、ひとりでいることの気楽さをめいっぱい楽しんでいたいの。せっかく親の家を出て、ようやく自由になれたんだもの」

「まあ確かに、そういう気持ちはわからないでもないな。でも、それとこれとは別だろう。誰か男の人と、まあ敏男でも誰でもいいわけだけど、つきあったからといって、そのために自由でなくなってしまうというわけでは決してあるまい」
「そうでもないと思うわよ。とにかく今の私は何ものにも、誰からも束縛されたくないの。それが親からであれ、他の何かからであれ、男の人からであれ」

「そうは言うけどさ。男とつきあうことで夏代の自由が束縛されてしまうかどうかは、相手の男の人にもよるし、どんなつきいあいかたをするかということにもよるんじゃないのかな」
「それは確かに、そうかも知れないわね。でも今の私はそういう面倒くさいことをいっさい考えたくないのよ。今はとりあえず、目の前の自由を楽しんでいたいの」

 そんな夏代の言葉は、昇の心にも鋭くつきささった。夏代の言うとおりだとすれば、夏代に対する昇の愛もまた、かなう望みがなくなってしまうからだ。
「夏代はなんか、必要以上に身がまえすぎちゃってるんじゃないのかなあ。誰かとつきあうことを、そんなに怖れなくてもいいと思うよ」

「センパイ、私はこれまでずっといろんなものに縛られて、窮屈な思いをしながら生きてきたわ。それが今やっと何もかもから逃れて、自分のやりたいことが出来るようになったの。生きたいように生きられるようになったの。そんなわけで今の私はとても幸せなのよ。だから今のこの幸せを壊したくない。誰にも壊されたくなんかない。センパイになら、そんな私の気持ちがきっとわかってもらえるものと思ってたんだけど」
「そう言われてしまうと困るな」
 昇には何ら返すべき言葉がない。

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