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9番目の夢.36 [20才と31才の恋話]

 その後は、特にこれといった話も出なかった。おたがいが読んだ本や、身近な誰かれの噂など、とりとめもない話をかわしながら夏代と昇は食事を続ける。こんな僕たちふたりのことが、端の者の目にはいったいどう写っているのだろう。けっこう仲のいい恋人どうしに見えたりしているのではなかろうか。

「先輩は夏代とつきあうつもりをしているんですか」
 この前の夜、そう敏男に訊かれたことを昇は思い出した。
「よしてくれよ。俺はもう、つきあうだなんて言葉が似合うような齢じゃないだろうさ」
 そんな敏男に対して昇は、そう答えてみせたのだ。

 今のままでも夏代と昇はたびたび食事を一緒にしたり、あるいはふたりで酒を飲みにいったりすることがある。それでなくとも毎日のように職場でお互い顔をあわせているのだし。この上あらためて夏代とつきあうということは、いったい何を意味するのだろうか。このままずっと今のような関りを夏代と続けていくことができるなら、それでいいのではなかろうか。今のこのようなありさまで、何が不足だというのだろう。この上いったい何を望むことがあるというのだろう。何を望むべきだというのだろう。

「大学なんて、ろくな所じゃなかったわ」
 食後のコーヒーを飲みながら、いきなり夏代がそう言いだした。

「いったいどうしたっていうんだ。びっくりするじゃないか、急に大きな声を出して」
「ごめんなさい。でもふと思い出しちゃったの。例の、地方の豪族を」
「ああ、あれか」

 夏代の言葉に昇も納得がいく。地方の豪族というのは、まだ大学へ入ったばかりの頃に夏代が書いて昇にも見せてくれた文章のタイトルだ。そう言えばあの文章の中にも、店で食事をする場面が出てきていた。そんなつながりで、いきなり地方の豪族のことを思い出したりしたものだと思われる。それにしても夏代の頭の中は、いったいどういうしくみになっているというのだろう。仮にもひとりの男が自らを愛していると知らされたばかりなのだ。これが普通の女の子なら、しばらくの間はそのことで頭がいっぱいなはずではないのだろうか。にもかかわらず、地方の豪族のことを思い出しているだなんて。やはり夏代はよほど普通じゃないに違いない。

「大学なんて、ろくな所じゃなかったわ。ろくな教授はいないし、講義はでたらめだらけだし。おまけにうちの大学は、ろくな学生が集まっていなかったしね」
「その、ろくでもない学生のうちの最たるものが、地方の豪族だったってわけか」

「でもあの地方の豪族も、今となっては可愛いもんだったっていう気がするの。それだけ私の方が変わってしまって、それで地方の豪族に対する考え方も変わってきたっていうことかしらね」
「でも何で今、いきなり地方の豪族のことを思い出したりしたんだい」昇は訊ねた。

「可哀想に思えてきたのよ。あんなに必死で演技して、自分を装っている彼女たちのことがね。そんなにまでしなくても、かまわないのにって。そんなにまでして自分を偽らなくったって、充分しあわせになれるのに。彼女たちは知らないんだわ。彼女たちが知りもしない、知ろうともしない所にも幸せはあるんだっていうことを」

 地方の豪族のことは昇も、まだよく覚えている。夏代が書いた文章の中でも、仲間うちでは最も評判がよかったもののひとつだ。
 それは、次のような文章だった。

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