9番目の夢.28 [20才と31才の恋話]
「ただ齢がはなれているというだけのことだったら、確かに敏男の言うとりかもしれないよ。でも夏代は高校生で、俺は夏代の先輩だったわけだから。そんな俺が夏代に言い寄ったりすることなど、できようはずがないじゃないか」
「耳が痛いな。俺も夏代の先輩なのに、あいつがまだ高校生のうちから口説いたりしてましたからね」
「うらやましかったんだぜ」昇は心ここにあらずとでもいうような眼つきをしてみせる。昔のことを思い出し懐かしさにひたっているらしい。「敏男が夏代に言い寄っているのを見て、内心ではとてもね。俺だって、夏代のことを口説きたかった。あいつのことが好きでたまらなかったからな。でも俺にはできなかったのさ。それもそうだろう。まさか俺みたいな齢の男が高校生のことを口説くわけにはいくまい。たとえ夏代は許してくれても、世間が許さないというものだ」
「それじゃあ何だか、ますます俺の立場がないというものでしょう」敏男が口をとがらせた。「そこまで言われたんじゃ、現に夏代のことを口説いた俺はよほどの悪者みたいに思えてくるじゃないですか」
「いいんだよ、敏男は。まだ若いんだから。お前くらいの齢の差なら何も問題はないだろうさ」
「先輩だって、別に何も問題なんかないですよ。そりゃあ、先輩が軽い気持ちで夏代のことをもてあそんだりしたというんだったら、その時は俺だって本気で怒りますけどね。でも先輩は、少なくとも真面目に夏代のことを考えているわけでしょうし」
「俺が真面目だということだけは信じてもらってかまわないだろうな。夏代さえそれでかまわなければ、俺は一生の間でも夏代と一緒に暮したいと思っているわけだから」
「先輩がそこまで本気なら、もう何も悩むことなんかないじゃないですか」
「そうはいかないよ。確かに今の夏代は、もう決して高校生なんかじゃない。でも、まだ二十歳の女の子なんだ。それなりの夢もあるだろうし、やりたいことだってたくさんあるだろう。そんな若い女の子にとって、俺みたいな年くった男は邪魔なさまたげでしかないはずさ。俺は決して、夏代に何かを強いたくはない。俺のため夏代に何かを諦めさせたくはないし、彼女の足手まといになんか死んでもなりたくはない。俺は夏代のことを愛しているし、彼女に何かやりたいことがあるのなら、できるかぎり手助けをしてやりたいとは思うよ。でも俺が夏代にしてやれるのは、そこまでだ。それ以上でしゃばるわけには、いかないだろうな。その時、俺は夏代にとって必ずや邪魔な何ものかでしかなくなってしまうことだろう。そして俺は、それがいやなんだ」
「先輩、それこそ先輩の思いすごしというものですよ」
「思いすごしなんかじゃないさ。だって考えてもみろ。夏代と俺とは十ちかくも齢がはなれているんだぜ。二十歳の女の子と俺とでは、生きていく上での姿勢が違う。自らの夢に対する距離のとり方だって違う。夏代はまだ、暮しのことなど何も考えずに夢を追いかけていていい齢だ。でも俺は違うんだよ。いい加減みづからの夢に見切りをつけて、この先どうやってずっと暮していくのかということを真面目に考えなければならない齢だ。いや、むしろ今頃そんなことを考えていたんじゃ遅すぎるのかもしれない齢だ。そんな俺は、夏代にとって足手まといでしかないはずさ。夏代が自らの夢を追いつづけるためには、俺なんかが彼女のそばでつきまとっていちゃいけないんだよ」
「そりゃあ先輩が夏代と一緒になって夢を追いかけはじめたんじゃ、それは確かにちょっとまずいかもしれませんよ。でも先輩は、つい今しがた言っていたじゃないですか。夏代に何かやりたいことがあるのなら、先輩はできるかぎり手助けをしてやりたいんだって。そんな先輩がいればこそ、夏代も心おきなく夢を追い求めていられるんじゃないんですか。先輩が夏代の暮しをささえてやればこそ、彼女が暮しのことで思いわずらうことなく夢を見つづけていられるようになるんじゃないんですか」
あいかわらず敏男の言葉は昇の心に深くつきささる。
「そうだといいな。本当に、そうであってほしいと思うよ。なれるものなら、俺は夏代のささえになってやりたい。夏代が空高く羽ばたくための礎でいたい。夏代が、俺なんかでいいとさえ言ってくれるのならね」
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「うらやましかったんだぜ」昇は心ここにあらずとでもいうような眼つきをしてみせる。昔のことを思い出し懐かしさにひたっているらしい。「敏男が夏代に言い寄っているのを見て、内心ではとてもね。俺だって、夏代のことを口説きたかった。あいつのことが好きでたまらなかったからな。でも俺にはできなかったのさ。それもそうだろう。まさか俺みたいな齢の男が高校生のことを口説くわけにはいくまい。たとえ夏代は許してくれても、世間が許さないというものだ」
「それじゃあ何だか、ますます俺の立場がないというものでしょう」敏男が口をとがらせた。「そこまで言われたんじゃ、現に夏代のことを口説いた俺はよほどの悪者みたいに思えてくるじゃないですか」
「いいんだよ、敏男は。まだ若いんだから。お前くらいの齢の差なら何も問題はないだろうさ」
「先輩だって、別に何も問題なんかないですよ。そりゃあ、先輩が軽い気持ちで夏代のことをもてあそんだりしたというんだったら、その時は俺だって本気で怒りますけどね。でも先輩は、少なくとも真面目に夏代のことを考えているわけでしょうし」
「俺が真面目だということだけは信じてもらってかまわないだろうな。夏代さえそれでかまわなければ、俺は一生の間でも夏代と一緒に暮したいと思っているわけだから」
「先輩がそこまで本気なら、もう何も悩むことなんかないじゃないですか」
「そうはいかないよ。確かに今の夏代は、もう決して高校生なんかじゃない。でも、まだ二十歳の女の子なんだ。それなりの夢もあるだろうし、やりたいことだってたくさんあるだろう。そんな若い女の子にとって、俺みたいな年くった男は邪魔なさまたげでしかないはずさ。俺は決して、夏代に何かを強いたくはない。俺のため夏代に何かを諦めさせたくはないし、彼女の足手まといになんか死んでもなりたくはない。俺は夏代のことを愛しているし、彼女に何かやりたいことがあるのなら、できるかぎり手助けをしてやりたいとは思うよ。でも俺が夏代にしてやれるのは、そこまでだ。それ以上でしゃばるわけには、いかないだろうな。その時、俺は夏代にとって必ずや邪魔な何ものかでしかなくなってしまうことだろう。そして俺は、それがいやなんだ」
「先輩、それこそ先輩の思いすごしというものですよ」
「思いすごしなんかじゃないさ。だって考えてもみろ。夏代と俺とは十ちかくも齢がはなれているんだぜ。二十歳の女の子と俺とでは、生きていく上での姿勢が違う。自らの夢に対する距離のとり方だって違う。夏代はまだ、暮しのことなど何も考えずに夢を追いかけていていい齢だ。でも俺は違うんだよ。いい加減みづからの夢に見切りをつけて、この先どうやってずっと暮していくのかということを真面目に考えなければならない齢だ。いや、むしろ今頃そんなことを考えていたんじゃ遅すぎるのかもしれない齢だ。そんな俺は、夏代にとって足手まといでしかないはずさ。夏代が自らの夢を追いつづけるためには、俺なんかが彼女のそばでつきまとっていちゃいけないんだよ」
「そりゃあ先輩が夏代と一緒になって夢を追いかけはじめたんじゃ、それは確かにちょっとまずいかもしれませんよ。でも先輩は、つい今しがた言っていたじゃないですか。夏代に何かやりたいことがあるのなら、先輩はできるかぎり手助けをしてやりたいんだって。そんな先輩がいればこそ、夏代も心おきなく夢を追い求めていられるんじゃないんですか。先輩が夏代の暮しをささえてやればこそ、彼女が暮しのことで思いわずらうことなく夢を見つづけていられるようになるんじゃないんですか」
あいかわらず敏男の言葉は昇の心に深くつきささる。
「そうだといいな。本当に、そうであってほしいと思うよ。なれるものなら、俺は夏代のささえになってやりたい。夏代が空高く羽ばたくための礎でいたい。夏代が、俺なんかでいいとさえ言ってくれるのならね」
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