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9番目の夢.27 [20才と31才の恋話]

「先輩がそこまで夏代のことを考えていてくださるのは、俺としてもありがたいと思います。でも先輩、今日ははっきりと聞かせて下さい」ここぞとばかり敏男は昇につめよった。「正直なところ、先輩は夏代のことをどう思っているんです。先輩にとって、夏代はいったい何なんですか。どうして先輩は夏代のことに、そうまで一生懸命になれるんですか。俺も先輩に自分の気持ちを話したんだから、先輩も本当のことを教えて下さいよ」

 敏男の言葉は、昇の心の奥底のいちばん深い柔らかい所に鋭く切りこんでくる。
「しかたがないな。そうとまで言われちまったんじゃあ」それでもまだ昇は、ぐずぐずとためらいをつづけた。「本人にさえまだ話していないことを他の者に対して先にしゃべっちまうってのは、あんまり好きじゃないんだが」

 このような考え方をするあたりが昇ならではの律義さだと言えるだろう。しかしこの時、彼の腹はすでにおおかた決まりかけていたのだ。これまではあえて抑えつけ続けてきた自らの素直な気持ちを、敏男には話しておいた方がいいだろうと。

「わかった。負けたよ、お前には」ようやくためらいを断ち切って、昇は口をきる。「敏男がそこまで自分の気持ちを話してくれたのに、俺が隠しだてをしてたんじゃ失礼にあたるからな。この際だ、思い切って聞いておいてもらおうじゃないか」

 とは言ったものの、続く言葉をすぐにも口に出してしまうだけの勇気など昇にはあろうはずもない。彼は天井を見あげてひとつ大きくため息をついた。敏男はもはや何も言おうとしないで、昇がふたたび口を切るのを待っている。昇が言うであろう言葉を待ちかまえているかのように。このまま昇が何も言わなかったとしたら、たとえ十分でも一時間でも、いや一生の間でさえ待ちつづけているつもりなのではなかろうか。そんなふうにすら感じられるほどだ。

 やがて昇は、ひとつひとつの言葉を絞りだすようにしながら次のように語りはじめた。
「確かに、俺は夏代のことを愛しているよ」
 たったこれだけを言うだけでも、昇にとってはやっとの思いだったのだ。

 好きだというのでは言いたらない。自らが夏代に対して抱いている深い想いを言いあらわすのに、好きだという言葉だけでは何かがとても言いたりないように思われる。だからこそ昇は、愛しているという言葉を選んだ。それが自らの想いを言いあらわすのに、最もふさわしい言葉だと感じられたからだ。愛という言葉を、夏代に関して昇はこの時はじめて口にしたような気がする。いや、自らが夏代を愛しているということに、このとき昇は改めて自らはっきりと気がついたのかもしれない。

 それまでは決して認めてしまおうとしていなかった。むしろ忘れてしまおうとさえ努めていた。自らが夏代を愛しているということを。だがこの上さらに本当の気持ちを偽りつづけることなど、昇にはとうてい出来やしない。そもそも夏代は決して、もはや高校生なんかではないのだ。今の昇にとって、夏代への想いを隠しつづけなければならないわけなど、いったいどこにあるというのだろうか。

「やはりそうですか。そうだろうと思ってましたよ」相槌を打つかのように敏男が言う。
「俺も敏男と同じで、ずっと前から夏代のことが好きだったんだ」しかし敏男の声など耳にも入らなかったかのように昇は言葉を続けた。「夏代のことを好きになったのは敏男よりも俺の方が、はるかに早かったはずだぜ。俺は夏代と出会ってすぐ、あいつのことを好きになってしまったのだから」

「へえ、そうだったんですか。そこまでは少しも知りませんでした。夏代と出会ってすぐってえと、あいつが高校に入って来たばかりの頃ですね」
「そうさ。情けないとは思うけどな」
「いったい何が情けないというんです」

「だってお前、俺みたいな年くった男がだぜ、たかが十五歳の娘っ子に惚れちまっただなんて、いいお笑い草より他の何ものでもあるまい」
「何を言ってるんですか。年くった男だなんて言ったって、先輩はまだじゅうぶん若いでしょうに。それに先輩、ひとを好きになるのに齢の差なんか関係ないと思いますよ。先輩が本気で夏代を好きなんだったら、何も気にすることはないでしょう」

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