『海辺のカフカ』の性差別 [読者の皆さんと考える]
これは『女は何を欲望するか?』の頁の続きです。
斎藤環の著書『関係する女 所有する男』と内田樹の著書『女は何を欲望するか?』を見比べた時に、興味ぶかく感じられる点があります。
どちらの本も村上春樹の長篇小説『海辺のカフカ』の、同じ場面に言及しているのです。
『関係する女 所有する男』の方が短くまとめられているので、そちらを引用してみましょう。
『海辺のカフカ』(新潮社、二〇〇二年)で、カフカ少年が身を寄せた高松の甲村記念図書館に、二人のフェミニストらしき女性が訪れるというエピソードだ。
彼女たちは図書館の設備を細かくチェックして、「トイレが男女別でない」だの「分類カードで男が女より先にある」だのと言いがかりめいたクレームをつけるのだ。
司書で性同一性障害(つまり身体は女性)の「大島さん」は彼女らを批判してこんなことを言う。「僕がそれよりも更にうんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。(中略)想像力を欠いた狭量さ、非寛容さ。ひとり歩きするテーゼ、空疎な用語、簒奪された理想、硬直したシステム。僕にとってほんとうに怖いのはそういうものだ。(中略)想像力を欠いた狭量さや非寛容さは寄生虫と同じなんだ。宿主を変え、かたちを変えてどこまでもつづく。そこには救いはない」。
そして、この場面に関して内田樹は『女は何を欲望するか?』の中で次のように書いています。
村上はフェミニズムの検閲的なマナーに「うんざり」した知的な人々が登場しつつあること、通俗化したフェミニズムに「救いはない」と思っている人々がこれから着実に増えてくることを物語的に予告している。そして、この予告は私の予想と重なっている。
一方、斎藤環は『関係する女 所有する男』の中で次のように書いています。
僕は村上春樹ファンだけど、この司書のセクシュアリティ設定だけは、ちょっと卑怯じゃないかと感じた。「大島さん」の批判に迫力があるのは、「彼」が女性の身体を持っているからだ。つまり「大島さん」は、FTM(Female to Male)という過酷なジェンダーの宿命を戦ってきた人であり、その重厚な履歴の前には、そこらの浅薄なフェミニストの主張など瞬殺だ、というニュアンスが透けてみえるのだ。
「大島さん」の主張は、それはそれでいい。僕が問題にしているのは、硬直したシステムの代表としてフェミニズムをやり玉にあげるという作者の選択だ。
この件に関して私自身は、ほぼ斎藤環と同じように感じました。
確かにフェミニストの中には、教条主義で事大主義的な人たちがいるようです。内田樹が批判したり、村上春樹が描いているようにです。
しかしフェミニストが全て必然的に教条主義で事大主義的になるわけではありません。
なのに広く読まれている村上春樹の作品の中で、ことさら教条主義で事大主義的なフェミニストが戯画的に描かれてしまうと、フェミニスト全体がそうであるかのような印象を多くの読者に与えてしまいかねないでしょう。
それは少し、好ましくない影響が大きすぎるのではないかと私には危惧されたのです。
フェミニストをことさらに戯画化してみせること自体が性差別だ、という考え方もありえますし。
しかもそのような「教条主義で事大主義的なフェミニスト」を性同一性障害の人物が批判するという展開も、斎藤環と同様に「ちょっと卑怯じゃないかと感じ」ました。
ここで性同一性障害の人物を持ち出すのは錦の御旗であり水戸黄門の印籠、葵の御紋のようなものでしょう。
さまざまな苦労を経てきたであろうと想像される性同一性障害の人物に批判されたら、言いかえすことは困難になってしまいます。
このように、この場面は「完全な悪玉を完全な善玉が、とっておきの武器でやっつける」形になってしまっているのです。
これは大衆芸能では、多くの人に喜ばれる構図です。
しかし誰かを「完全な悪玉」や「完全な善玉」として描くのは、文学として非常に稚拙なことだと考えられています。
この場面などが原因で「村上春樹は作品の作り方が、かなり粗雑になってしまっているな」という思いを私は新たにすることになってしまいました。
考えようによっては村上春樹はこの場面で、文中に登場する「二人のフェミニストらしき女性」と同じようなことをやってしまっているとも言えそうですよね。
村上春樹が一九八〇年代に書いていた作品は、もっと繊細だったように感じられ、その繊細さが私はとても好きだったのですが。
付記
上記の件に関して当塾の「男性論理を検証すべき」の頁で、若干の補足をさせていただきました。
そちらも併せてご高覧いただきますよう、お願い申し上げます。
下にある本の画像をクリックすると、その本に関するAmazon.co.jpの該当頁が表示されます。
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斎藤環の著書『関係する女 所有する男』と内田樹の著書『女は何を欲望するか?』を見比べた時に、興味ぶかく感じられる点があります。
どちらの本も村上春樹の長篇小説『海辺のカフカ』の、同じ場面に言及しているのです。
『関係する女 所有する男』の方が短くまとめられているので、そちらを引用してみましょう。
『海辺のカフカ』(新潮社、二〇〇二年)で、カフカ少年が身を寄せた高松の甲村記念図書館に、二人のフェミニストらしき女性が訪れるというエピソードだ。
彼女たちは図書館の設備を細かくチェックして、「トイレが男女別でない」だの「分類カードで男が女より先にある」だのと言いがかりめいたクレームをつけるのだ。
司書で性同一性障害(つまり身体は女性)の「大島さん」は彼女らを批判してこんなことを言う。「僕がそれよりも更にうんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。(中略)想像力を欠いた狭量さ、非寛容さ。ひとり歩きするテーゼ、空疎な用語、簒奪された理想、硬直したシステム。僕にとってほんとうに怖いのはそういうものだ。(中略)想像力を欠いた狭量さや非寛容さは寄生虫と同じなんだ。宿主を変え、かたちを変えてどこまでもつづく。そこには救いはない」。
そして、この場面に関して内田樹は『女は何を欲望するか?』の中で次のように書いています。
村上はフェミニズムの検閲的なマナーに「うんざり」した知的な人々が登場しつつあること、通俗化したフェミニズムに「救いはない」と思っている人々がこれから着実に増えてくることを物語的に予告している。そして、この予告は私の予想と重なっている。
一方、斎藤環は『関係する女 所有する男』の中で次のように書いています。
僕は村上春樹ファンだけど、この司書のセクシュアリティ設定だけは、ちょっと卑怯じゃないかと感じた。「大島さん」の批判に迫力があるのは、「彼」が女性の身体を持っているからだ。つまり「大島さん」は、FTM(Female to Male)という過酷なジェンダーの宿命を戦ってきた人であり、その重厚な履歴の前には、そこらの浅薄なフェミニストの主張など瞬殺だ、というニュアンスが透けてみえるのだ。
「大島さん」の主張は、それはそれでいい。僕が問題にしているのは、硬直したシステムの代表としてフェミニズムをやり玉にあげるという作者の選択だ。
この件に関して私自身は、ほぼ斎藤環と同じように感じました。
確かにフェミニストの中には、教条主義で事大主義的な人たちがいるようです。内田樹が批判したり、村上春樹が描いているようにです。
しかしフェミニストが全て必然的に教条主義で事大主義的になるわけではありません。
なのに広く読まれている村上春樹の作品の中で、ことさら教条主義で事大主義的なフェミニストが戯画的に描かれてしまうと、フェミニスト全体がそうであるかのような印象を多くの読者に与えてしまいかねないでしょう。
それは少し、好ましくない影響が大きすぎるのではないかと私には危惧されたのです。
フェミニストをことさらに戯画化してみせること自体が性差別だ、という考え方もありえますし。
しかもそのような「教条主義で事大主義的なフェミニスト」を性同一性障害の人物が批判するという展開も、斎藤環と同様に「ちょっと卑怯じゃないかと感じ」ました。
ここで性同一性障害の人物を持ち出すのは錦の御旗であり水戸黄門の印籠、葵の御紋のようなものでしょう。
さまざまな苦労を経てきたであろうと想像される性同一性障害の人物に批判されたら、言いかえすことは困難になってしまいます。
このように、この場面は「完全な悪玉を完全な善玉が、とっておきの武器でやっつける」形になってしまっているのです。
これは大衆芸能では、多くの人に喜ばれる構図です。
しかし誰かを「完全な悪玉」や「完全な善玉」として描くのは、文学として非常に稚拙なことだと考えられています。
この場面などが原因で「村上春樹は作品の作り方が、かなり粗雑になってしまっているな」という思いを私は新たにすることになってしまいました。
考えようによっては村上春樹はこの場面で、文中に登場する「二人のフェミニストらしき女性」と同じようなことをやってしまっているとも言えそうですよね。
村上春樹が一九八〇年代に書いていた作品は、もっと繊細だったように感じられ、その繊細さが私はとても好きだったのですが。
付記
上記の件に関して当塾の「男性論理を検証すべき」の頁で、若干の補足をさせていただきました。
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