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9番目の夢.38 [20才と31才の恋話]

「夏代さん、お昼はもう食べました?」
 これですべてが終わりです。
「いやー、今日、金ねえからさ」
「じゃあ、あまり高くないところへいきましょう」

 これで本当にもう終わりです。一緒に食べに行くなどとは言っていないのに、いつの間にか強引に話を進められ、そして五分後、気がつくと私は何だか良く分からないフランス料理店のテーブルに座らされているのです。そして一番安い「ランチ・ビストロコース壱千五百円」か何かを注文してしまうのです。そしてRは、「ランチ・プチコース弐千五百円」などという信じられないものを注文してしまいます。さあ、静寂な音楽の流れる中、やってきましたフランス料理。そのころ私の頭のなかでは「壱千五百円あったら吉野屋の牛丼大盛りが何杯食べられたか」の必至の計算式と、後悔の念でいっぱいです。しかしもう遅いのです。テーブルの上に並べられていく、色とりどりの料理達を眺め、決心を固め涙を飲んでさあ食おう、とナイフを手にした時、Rは言うのです。「………えー、想像してたのとちがう………。」

 そうして彼女は、その料理に手さえつけないまま、静かに座っているのです。一口も、食わないのです。ぜんぜん食わないのです。この大馬鹿者は。
 私は、飯を残すことが極端に嫌いな人間でして。
 心の底から沸き上がるような怒り………「注文したものぐらい、食え!」……を、なけなしの理性で無理やり押さえながら、私は言います。「勿体無いから、少しは食べなよお」するとRは言います。「………夏代さん、食べてくれる?」
 かくして。私はフランス料理点で、二人分のランチをきれいにたいらげるという、あまりみっとも良くないことをやってのけてしまいます。

 そしてお勘定です。余計なところで気を回してしまう私は、どうしても、一口も食べずに座っていただけのRに弐千五百円全額を払わせる気にもなれず、彼女の分の半額とちょっとを援助してしまいます。もうメシが美味かったかどうかなんて解らないくらいに頭の中がぼんやりするよなその昼飯代。教科書を買うために前日銀行からおろした金は、こうしてあっという間になくなります。こんな事のくりかえしで、お蔭で私はまだ語学の教科書すら持っていません。

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