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9番目の夢.35 [20才と31才の恋話]

(「9番目の夢.34」を読む)

「でもさ、じゃあいったいどんな男の人なら夏代につりあうんだろうね」
「まずいないでしょうね、そんな人は」こともなげに夏代は言い切ってみせた。「いいの、私は。ずっとひとりで生きていくんだから」

「確かに今の夏代がそういうことを考えられない時期だということは、端で見ていてわかるような気がしないでもないよ」昇が食い下がる。「ただ、いつまでもそれが続くとは決して限らないだろう」
「先のことは、わからないわよ」あいかわらず夏代の口ぶりは力強い。「でも先のことは考えないようにしているの。先のことなんか、考えてみたってしかたがないんだし」
「そうか」

 とりつくしまもない夏代の態度に、昇は言葉もなく引き下がった。今はもうこれ以上、何を言ってもしかたがない。今の夏代に何を言っても、しょせんは無駄なのでなかろうか。昇にはそんな気がしてならなかったのだ。敏男と自らとの気持ちをぜひとも夏代に打ち明けようと気負いたっていた心が、見る見る間にしぼんでしまう。その勢いをとめることなど、昇にはできるはずもない。

 昇は考えこんでしまった。これがもしも敏男でなく、他ならない昇みづからの夏代に対する想いを打ち明けたのだったとしたら、はたしてどうだったのだろう。その場合でも夏代は、やはり同じような返事しかしないのだろうか。夏代に対する昇の愛を決して受け入れてくれることなく、ひとりで生きて行くのだと言いはるのだろうか。

 もちろんそれを確かめてみることは出来る。ためらったりせずに思い切って、自らの気持ちを夏代に打ち明けてしまえばいいのだ。そしてそれに対する夏代の返事を聞けばいいのだ。しかしそんな勇気など今の昇には、もはやなかった。打ち明けてみるまでもなく夏代の返事は、わかりきっているような気がする。昇にとって望ましい返事を聞くことができるなどとは、とうてい思えない。

「ね、センパイ。このおいしそうなところ少しあげる」
 しばらく黙って口を動かしていた夏代が自らの皿を昇の方にむけて押しやった。
「これはどうも。じゃあ夏代も、好きなところを持っていってくれてかまわないよ」
 昇は昇で、やはり自らの皿を夏代の方に差し出す。
「わあ、センパイ、ありがとう。じゃあ遠慮なく、っと」

 はしゃぎながら夏代が自らの料理を昇の皿に、そして昇の料理を自らの皿にそれぞれとりわけた。なんだかとても雰囲気がいいな、と昇は改めて思う。こういう親しさを夏代はどう思っているのだろうか。夏代と昇との間にまぎれもなく存在していると、少なくとも昇の側では考えている心の通いあいを、夏代はどういうふうにとらえているのだろう。

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