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世界平和の夢を追った日 [読者の皆さんと考える]

ウツになる人は、自分を知らなすぎるのではないでしょうか?
「足るを知る」という言葉があるのにもかかわらず、分不相応な目標を立てて、能力不足を顧みず、旧日本軍のように猛進して、やがては自己を見失い、目標すら何だったかわからなくなる。

――なおぼんRさんはblog「wawabubu(なおぼん)のblog」のうち「幸福とは何だろうか?」と題された頁のコメント欄に、そう書かれました。
 そこで私は当塾の「大きな夢と取り組む幸せ」の頁に、それを引用した上で次のように書かせていただいたのです。

 だけど私は、思うんですよ。
 目標が決して「それなり」や「そこそこ」ではない大きなものだった場合は、なかなか達成できませんよね。
 だから目標を達成してしまったことによる鬱状態には、陥らずに済む可能性が高いはずだろうと。

 しかも「大きな目標と取り組んでいる人は、達成感を味わえない」とも限っていません。
 なぜならば大きな目標を達成するためには、その途中でさまざまな段階を経ていく必要があるからです。
 そして大きな夢を果たすために乗り越えていくべき一つ一つの段階を実現するたび、手ごたえとしての達成感を味わうことができるからです。

 これは決して、単なる理想論や夢物語の類ではありません。
 なぜならば私自身が今、大きな夢と取り組んでいることによる幸せを実感できているからです。
 そんな自分自身の体験に基づいて「大きな夢と取り組んでいる人は、そのこと自体によって幸せを味わえる」と自信を持ってお伝えできるのです。(引用、ここまで)

 いったいお前は、どういう「大きな夢」に取り組んでいるというのか――
「大きな夢と取り組む幸せ」の頁を読んでくださり、そう思われた方は多いのではないでしょうか。

 全世界の永遠平和を実現するために、何らかの形で貢献しよう――
 中学3年生だった時に私は、そんな「人生の目標」を立てました。
 そして「まずは、そのために役立つ知識や考え方を知ろう」と思ってカントの『永遠平和のために』やエラスムスの『平和の訴え』などを読むことから始めたのです。

 その時点では「もう二度と、世界のどこでも戦争が起こらないような状況なり制度なりが構築されるために自分も何らかの形で貢献しよう」と考えていました。
 しかしいろいろと学んだり考えたりしているうちに「もう二度と、世界のどこでも戦争が起こらないような状況なり制度を構築するというのは非現実的だ。全世界の永遠平和というのは、そのような静的な状況なり制度なりによって実現されるものではない。戦争が起こってしまう可能性が生じるたびに、それを回避するための努力を人類がすることによって結果論として実現されるものだ」という考え方と出会ったりもしたのです。

 そして今、私は必ずしも「全世界で永遠に戦争が起こらないような状況なり制度」を構築するために自分が何らかの形で貢献することを目指してはいません。
 そんな私が今は、どういう「大きな夢」に取り組んでいるのか――
 ということについては、4つほど先の頁で書かせていただこうと思っています。

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同じ本の表紙の画像が二つある場合、後の方は電子書籍です。

永遠平和のために (岩波文庫)


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永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)


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