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9番目の夢.33 [20才と31才の恋話]

「まあいいか。敏男が言うんだよ。その、つまり」昇は再び口ごもる。だがここまで言い出しておいて、終わりまで話してしまわないというわけにはいくまい。ようやくの思いで彼は自らのためらいを乗りこえた。「まあ早い話、敏男は今でも夏代のことが好きだっていうんだよな」

「あら、まあ」
 思わぬいきなりの急な話で、夏代もさすがに驚いたようだ。よく口がまわるいつもの彼女らしくもなく、言葉をつごうともしない。ただ黙って、大きくうるんで見える瞳で昇の顔をくいいるように見つめている。

「奴が言うにはさ。いろんな女の子のことを見てきたけれど、けっきょく奴にとっては、夏代ほど好きになれた相手なんて他にひとりもいないんだそうだ」
「それで、いったい私にどうしろと言うの」夏代はようやく昇に、そう訊ねた。

「どうしろとも言ってないよ。敏男も、あるいはこの俺にしたってね。いま夏代に話したような敏男の気持ちを知って、その上ではたしてどうするかってのは、夏代が決めることだろう。敏男だって必ずしも、別につきあってくれって夏代に言っているわけじゃないんだ。つきあっても決してうまくはいかないだろうって、敏男みづからそう言っていたほどでね。ただ夏代の側にその気があるんなら、いつでもおつきあいさせて欲しいとは言っていたけどな」

「敏男先輩が私のことを思ってくれているのは、決して知らないわけじゃなかったの。ただ、今でもそうだっていうのは今日はじめて聞いただけのことで」
「ああ。夏代は昔も何度か俺に相談してきてくれたよな。敏男に口説かれたけど、どうしたらいいのだろうってさ」
「口説かれただなんて、そんなんじゃないのよ」細かい言葉つかいに夏代はこだわりをみせる。「いろいろと親切にしてもらっただけのことで」

「まあ、昔のことはもういいさ。それより夏代、今これからの話をしよう。夏代はどうするつもりなんだ、敏男とのことを」
「センパイ、これは決して私がうぬぼれて言うわけなんかじゃないのよ。それはわかってね」
 夏代がそこまで言いかけた時。頼んでおいた料理が夏代たちの席へと運ばれてきた。そこで夏代はいったん話すのをやめる。
「まあ、この続きは食べながらでも話すことにしようか」

 料理を運んできてくれた店の人が下がって行ってから、夏代は料理に手をつけようともせず続きを話しはじめた。あの、食べることには目のない夏代がだ。

「これは決して自慢なんかじゃないの。センパイだからそれはわかってもらえると思うし、相手がセンパイだからこそ、こんなことも話せるわけなんだけれども」長い前おきの後にようやく夏代は話を切り出した。「私このところ、あっちこっち、それこそいろんな人からおつきあいの申し込みをされているのよ」

「そうか」
 言葉すくなく昇は相づちを打つ。心なしかその口ぶりには力がない。それもそのはずというものだろう。夏代が大勢の男から言い寄られているということは、昇にとっても自らの先行きにかかわる聞き捨てならない話なのだから。

「まあとにかく、メシにしようや。さめるといけないから」
 平静さをよそおい、そう言ってみせるのが昇には精一杯だ。
「そうね。じゃあ、いただきます」
 昇の気持ちを知ってか知らずにか、夏代は元気よく料理に手をつけはじめた。

 確かに夏代があちこちで口説かれるというのは無理もあるまい。夏代はこんなにも美しく、きれいな女の子なのだから。おまけに夏代のふるまいや性格には、男の心を強くひきつけるものがある。もしかするとそれは夏代の生き方が、あまりに危なっかしく見えるためなのでなかろうか。守ってやりたいという気を夏代は男に起こさせるのだ。

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