SSブログ

9番目の夢.17 [20才と31才の恋話]

 昇はこれで、わりと人見知りが激しい方だ。少なくとも見知らぬ相手に自ら進んで話しかけたり、知り合いになったりしようとする方ではない。人とかかわりあいになるのを出来るかぎり避けようとする方だ。他の人からの助けに頼ることなく、なるべく自らひとりの力だけで生きていこうとするたちだ。

 そんな昇が、夏代に対する時だけは少し様子がちがっている。相手が夏代なら昇も、決して自らの殻に閉じこもってしまうことなく、何でも話すことができるような気がした。夏代とだけは決してけんか別れをしたりすることなく、いつまでもずっとつきあいつづけていくことが出来るような気がしていた。だからこそ昇は、そんな夏代のことを大事にしつづけていたかったのだ。決して夏代を手ばなしてしまいたくなどなかったのだ。

 夏代に帰ってきてほしい。決してこのまま北海道に住みついてしまったりすることなく、もういちど元気な顔を見せてほしい。毎日でも夏代に会っていたい。いつまでも変わることなくずっと、自らのそばにいて欲しい。

 夏代に会えない日々がこれ以上つづいたら、どうにかなってしまいそうな気がする。気が狂うとまでは言わずとも、いらだちが募って、日々の仕事や暮しをやりすごしていくことが手につかなくなりそうに思われる。ほんの半月ほど前まで、ほとんど夏代に会わない日々をすごしていたことが、今となってはとても信じられない。あの頃はいったいどうやって、毎日をやりすごしていたのだろう。何を生きがいにし、何を愉しみに日々をおくっていたというのだろう。夏代と会うことは昇にとってもはや、それなしには生きていくことすら出来ない何かとなりつつあった。夏代のいない暮しなど、僕にはもう二度と耐えることができないのではなかろうか。

 会社の自らの席に座って、そんなふうに昇がとりとめもなく考えごとにふけっていた、ちょうどその時。電話の呼出し音が何度もくりかえし鳴りひびくのを聞いて、昇はようやく我にかえる。

「はい、お待たせしました。二階です」
「センパイ、私。夏代です」
 その声は天から響く雷鳴ででもあるかのように、昇の心を揺さぶり打った。

「おお、夏代か。今どこにいるんだ」
 それまですっかり何も感じることができそうになくなっていた昇の心を、いきなり心地よい春の風が吹き抜けていく。
「今さっき羽田についたところ」

「そうか。もう何もかもすっかり済んだのかい」
「はい。おかげさまで」
「大変だったね」
「ええ。でも面倒なことは親戚の人たちが皆やってくれたから、私はただ座っていただけみたいなものよ」

 たとえ本当にそうだとしても、気持ちの上ではやはり疲れているはずだ。飛行機で帯広との間を往復するのだって、決して楽なことではないに違いない。しかし受話器を通して聞く夏代の声は、わりに明るかった。もうだいぶ気持ちも落ちついているのだろう。帯広へ行く前のような重くるしさはない。

「それでセンパイ、ご相談なんですけど」
「何だ。何でも遠慮なく言ってみろ」
「今日これからそちらへ行くと遅くなるし、済ませなければならない用事も残っていたりするので、会社へはまた明日の朝から出るということにしたらまずいかな」
「それはちっともかまわないぞ。幸い今日のところは仕事も、あまり忙しくないし」
「すみません。じゃあそういうことで」
「ああ。今夜はゆっくり休んで、また明日からよろしく頼むわ」

 夏代に別れをつげて昇は受話器をおく。夏代はちゃんと帰ってきてくれた。また明日からは、夏代と机を並べて仕事をすることのできる日々がはじまるのだ。窓の外には晴れわたった春の空が広がっている。明るい陽ざしのなかに死の匂いなどが入りこむ隙間はないだろう。早く明日の朝が来て、夏代と会うのが昇にとっては今から待ち遠しい。昇はなんだか、自らが住んでいて、夏代も帰ってきてくれたこの街のことが、とても好きになれそうな気がした。

[読者へのお願い]
「人気blogランキング」に参加しています。
 上の文章を読んで「参考になった」とか「面白かった」などと評価してくださる方は、下の行をクリックしてくださると幸いです。
「人気blogランキング」に「幸せになれる恋愛ノウハウ塾」への一票を投じる

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:恋愛・結婚

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

9番目の夢.169番目の夢.18 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。