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9番目の夢.16 [20才と31才の恋話]

「おい、いったいどうしたというんだ。こんなつまらない間違いをするだなんて、いつもの君らしくもないじゃないか」
「すみません」
「こんなことはあまり言いたくないんだが、このところ君は少しどうかしているんじゃないか。気がたるんでいて仕事に身がはいっていないって、社内でももっぱらの噂だぜ」

 そう言われると確かに思いあたるふしがないでもない。夏代と一緒に働きはじめてからというもの、会社での昇はいつも浮わついた気持ちでいたからだ。ひさしぶりに聞く社長の叱言が昇の耳には痛かった。

「うちの会社としては君のことを頼りにしているし、信じてもいるからこそ仕事をまかせて、君のやりたいようにやってもらっているんだ。どうかそんな我々の気持ちを裏切らないようにしてくれよ」
「はい。どうもすみませんでした」
 社長室を出て昇は自らの席へと戻る。だが、隣の席に夏代の姿はない。何もおかれていないその机にちらりと目をやって、昇は力のないため息をついた。

 祖母の葬式へ出るために夏代が帯広へと発って、今日でもう四日目になる。夏代が昇と一緒に働きはじめてから、まだ半月ほどにしかならないというにもかかわらず。すなわちわずか半月ほど前この会社には夏代などいないのが、むしろ当たり前だったというにもかかわらず。今の昇にとっては夏代のいないこの会社など、もはや考えることすらできない。夏代のいないこの会社は、何もかもがちぐはぐなように思われた。それはまるで編み物の編み目を数えまちがえた時のような気持ちだ。このまま先へ進んでも、何かがきっとうまくいかない。かといって、全くはじめに戻って一からやりなおすのも面倒くさい。

 昇にとって、今のこの思いには覚えがある。それはかっても度々あじわったことがあるはずの思いだった。
 他でもない。それはやはり夏代が北海道へと旅をしている間に、昇がいつも強いられていた思いだ。

 夏代は北海道で生まれている。そのため北海道に対しては、故郷としての思い入れがとりわけ深いようだ。親戚やなんかも皆、わりと北海道にかたまっているらしい。
 そんな夏代は、今でもしばしば北海道へと旅に出かけるのがならわしとなっていた。主に夏休みや春休みなど、高校や大学の長い休みのおりなどに。

 そして夏代が旅をしている間。昇はいつでも夏代が帰ってくるのを狂おしいまでに待ちこがれることとなる。

 北海道へ行ってしまったら、もう二度と帰ってはこないかもしれない。北海道に住みついて、そのままそこで暮すことになるかもしれないから。出かける前に夏代は必ずといっていいほど、そんな言葉をのこしていくのが常だったのだ。
 そんな科白がどれほど昇の心を傷つけるか。夏代がもう帰ってはこないかもしれないと考えることが、どれほど昇を哀しませることか。夏代がいない暮しを思いうかべて、昇がどれほど怯えにふるえるのか。夏代はおよそ考えて見ようともしないらしい。

 ましてやこの度。夏代は親から勘当された。大学も休学している。そんな夏代をつなぎとめておくことの出来るものなど、およそ何もない。もしかすると祖母の葬式で北海道へ行ったまま、夏代は今度こそ向こうに住みついてしまって、二度と帰ってこないのではなかろうか。
 そんな怖れがあればこそ、昇には夏代の帰りが待ち遠しくてしかたなかったのだ。

 昇は夏代と一緒に働いたこの半月ほどの間のことを振り返ってみた。
 夏代がまだ高校生だった頃、一緒に合宿へ出かけたことはある。山の中のテントで数日のあいだ夏代たちと暮したこともある。しかしよくよく考えてみると、街中で夏代と毎日のように顔をあわせる日々だなんて。昇にとっては今度が生まれてはじめてのことだった。

 くる日もくる日も一緒に働いていれば、いい加減お互い相手のことが嫌になるのではなかろうか。そんな怖れが全くなかったと言えば嘘になる。
 だが少なくとも今のところ、昇は夏代と一緒に働く日々に飽きがきたりなど決してしていない。むしろ夏代と一緒に働きはじめてから、毎日が楽しくてしかたがなかった。どれほど寝不足でも朝はいつもより早めにきっちりと目が覚めて、早く会社に出かけ夏代と会うのが楽しみに思われてしかたがないほどに。

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