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22才、生き方を探す旅.8-1 [19才と22才の恋話]

 ボクが会社を辞めてから、しばらく経ったある日のこと。
 ボクは三月の末以来、ひさしぶりでミサトと顔を合わせた。
 会社に勤めていた間は、彼女とも会う暇がなかったのだ。
 おそらくは大学へ入学したばかりのミサトの方でも、いろいろと忙しかったのだろう。

「ゴトウ先輩、聞いて聞いて。大学で私、バック・パッキングのサークルに入ったんですよ」
 ボクの顔を見るなりミサトは、そう報告してくる。
「へえ、そうなんだ」ボクは少しだけ、意外に感じた。「生物のサークルじゃ、なしにかい」
 バック・パッキングとは、テントなどの生活道具を自分で背負って野外を歩くことを言う。

「うちのサークルの場合はバック・パッキングと言っても、行き先はほとんど山が多いらしいんですよ。今年の夏の合宿では、北海道の大雪山に登るそうですし」ミサトは、どこか誇らしげに教えてくれた。「だから実際にやることは、わりと生物部とも似ているんじゃないかと思って」
「すると、他の大学のワンダーフォーゲル部に近い感じなのかな。山岳部よりも楽な山歩きが中心で」
「さすがに山岳部へ入る勇気は、なかったんですけどね。ロック・クライミングをしたり冬山へ登る気力は、ありませんから。でもバック・パッキングのサークルだったら、ちょうどいいんじゃないかと思ったんです」
「だったら今後はミサトと一緒に、少し高めの山へ登ることもできそうだな。そのサークルでミサトが鍛えられ、力をつけたらさ」

 そう言いながらもボクは内心、少し複雑な思いを味わっていた。
 なぜミサトが生物のサークルとかでなく、バック・パッキングのサークルに入ったのか。その理由がボクには、推測できる気がしたからだ。
 おそらくミサトはコウジのことが頭にあって、山歩きのサークルを選んだのだろうと。

 ミサトとコウジは二人とも、ボクがかよっていた高校の生物部での後輩にあたる。
 生物部と言っても、部室の中で顕微鏡を覗いたり生き物の解剖ばかりしているようなクラブではない。野や山へ出かけ、そこで実際に生きている生き物たちの姿を見るのが活動の中心だ。もちろん単に生き物の姿を観察するだけでなく、何らかの調査を行なうこともある。

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22才、生き方を探す旅.7-2 [19才と22才の恋話]

「そういう人たちの気持ちや思いに、企業や社会の側は気づきにくいんじゃないのかな」首をひねりながら、マミは言う。「企業の側はどうしても、まずは利益を上げることを最優先に考えざるをえない面があるのでしょうからね。自然を汚さずにおくことや、きちんと法律を守ることよりもさ」
「そして社内の人たちを、そのための歯車にしてしまうってわけだ」私は、吐き捨てるように言った。「一人一人の考えや生き方は、はなから無視してしまってさ。それぞれの人には良心や、やりたいことがあるはずだっていうのにだぜ」

「それが嫌だったからこそ、ショウは会社を辞めてしまったわけか」マミは、うなづいてみせる。「給油所でのアルバイトの方も、秋には辞めてしまったし」
「音楽をやったり文章を書いて暮らしていく分には、そういう問題が少ないだろうと思っていたしな」私も、うなづいた。「それらの仕事だったら、何をやるかは自分の意志や考えで選べるはずだと思っていたから」
「音楽の方は無理でも文章だったら、田舎へ引っ越しても書ける可能性があるわけだしね」どうやらマミは、何やら一人で納得しているらしい。「そういう意味でもショウにとって、もの書きという仕事は好都合なのか」

 マミと私は二人とも今、文章を書く仕事をしている。フリーランスの、もの書きだ。いつもは雑誌などの編集者から依頼を受けて、記事の原稿を書く仕事が多い。
 普段はたいてい、それぞれの家で原稿を書いている。仕事の依頼の連絡は、電話や電子メールで来る場合が多い。そして書き上げた原稿は、電子メールに添付して編集者へ送るのが普通だ。
 編集者と直に会って打ち合わせをするようなことは、滅多にない。「誰かに会って取材を行ない、その結果を踏まえて原稿を書く」という機会も、それほど多いわけではない。したがって、必ずしも街なかに住んでいなければならない理由はないのだろう。電話と電子メールが使えさえすれば、田舎にいても仕事はできるはずなのだ。
「フリーランスのもの書きという今の自分の立場には、わりと満足しているんだよ」しみじみと幸せを噛みしめる思いで、私は言った。「もしも自分の良心に反するような仕事を頼まれた場合は、断ってしまえばいいわけだからね」

「田舎で暮らしたいという気持ちは、今でもあるの?」どこか少しだけ不安そうな目つきになって、マミが訊ねる。「今のショウの立場だったら、いつでも田舎へ引っ越してしまえそうな気がするけどさ」
「そう言われてみれば確かに、そうなんだよなあ」私は、改めて考えてみた。「田舎での暮らしに魅かれる気持ちは、今でも残っているみたいだよ。昔ほど切実に田舎へ行きたがっている、というわけではないけどね」

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22才、生き方を探す旅.7-1 [19才と22才の恋話]

「そういう気持ちがあるからショウは、今でも車を運転しないのか」
 そうマミに訊かれて、私は正直に答える。
「『車を使うのは最小限、どうしても必要な場合だけに限りたい』と思っているからね。だけど体の丈夫な人が街なかで暮らしている場合、滅多に車は必要とならないみたいじゃないか。何か大きな荷物や重い物を運ばなければならない、というような時でもないかぎり」

「でも確か、運転免許は持っているんじゃなかったっけ」
「あの時に結局、取得したからな。いつまでも免許がないせいで、給油所の他の人たちに迷惑をかけるのも嫌だったしさ。給油所の中でちょっと車を動かすだけでも、わざわざ他の誰かに運転を頼まなければならないのは気が引けてしまったし」

「給油所でのアルバイトも、すぐには辞めずに続けたわけね」
「あの年の秋まで、だったけどな」苦い思いを噛みしめながら、私は答えた。「アツシの父親やソニーの人たちには、今でも感謝しているんだけどさ。会社を辞めた私は給油所で働くことで、当面の暮らしを立てられたわけだからね。しかし車に関わる仕事には、ついに馴染めずじまいだったんだよ。免許をとってわりとすぐ辞めてしまう結果になったのは、申し訳なく思っているわけだけど」

「交通事故や自然破壊の原因となる車に関わる仕事を続けるのは、嫌だったのね」
「車に関する仕事をするのは、自分自身が交通事故や自然破壊の片棒をかついでしまうことだと思えてならなかったからな」私は、当時を振りかえる。「そういえば大学の在学中に就職先の会社を選んだ時も、似たような考え方をしたものだったっけ。たとえば武器を作っているような会社は選択肢から外す、というようにね。私の良心に反する仕事をしている会社には、就職したくなかったからさ」

「そういう理由もあって、コンピューター用のプログラムを作る会社を選んだわけか」
「あの会社なら、私の良心に反するような仕事はしていないはずだろうと考えたんだ」私は、忌々しい思いを禁じえない。「ところが実際に入社してみたら、労働法規を無視しているような会社だったのさ。なのに私が会社にいつづけたのでは、私も会社の法律違反の片棒をかつぐ形になってしまうと思ったからな。そういう気持ちもあったから、すぐに退職してしまったんだよ」

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22才、生き方を探す旅.6-2 [19才と22才の恋話]

 しかも現在の車には、他にも大きな欠点がある。
 燃料として石油を消費せざるをえないし、排気ガスによって大気も汚染してしまう点だ。もちろん、さらには騒音や振動の問題も決して忘れてはなるまい。
 すなわちこれらの欠点は「静寂さをも含めた環境の破壊」と、一言にまとめることができるだろう。

 ボクが車の運転免許をとろうと考えた理由は「もしかすると将来、車を運転する仕事につくかもしれないから」ということだけではない。それに加えて「楽器や機材を自分が運転する車で運べるようになるために」というだけでもない。

 実はボクには「できれば将来、どこか田舎で暮らしたい」という気持ちがあった。
 音楽でプロになるためには、東京にいた方が好都合だ。したがって今のボクは、東京を離れてしまうわけにいくまい。
 だがいずれ音楽をやめてもの書きなどになったら、必ずしも東京にいる必要はなくなる。「そうなった時には、できれば田舎に引っ越したいな」とボクは前から思っていたのだ。

 そして普通、田舎で暮らすには車が欠かせない。ちょっとした日常品の買い物をするにも、歩いては行けないくらい店が遠かったりするからだ。
 だからボクは「いずれ田舎で暮らす時のためにも、この機会に運転免許をとっておこう」と考えた。

 だがボクが田舎で暮らしたいと思うのは、豊かな自然を好むからこそだ。しかし田舎を車で走ったら、それだけ現地の自然や環境を汚してしまうことになる。
 その意味でもボクは車に対して、複雑な思いを禁じえずにいた。いずれ自分にとって必要になる可能性があるが、決して好きにはなれそうもない――車のことを知れば知るほどボクは、そんな思いを強める結果となったのだ。

 そんな心境の変化は、毎日のアルバイトにも影を落とした。
 車に関する知識を深めたいという気持ちは、あいかわらずある。「アツシのお父さんの顔をつぶさないためにも、しっかり働かなければ」という思いも、変わっていない。
 だがその一方で、車のことを忌まわしく感じる気持ちも強まったのだ。
 このまま車に関わる仕事を続けていて、いいのだろうか。
 それはすなわちボクが車の便利さを認め、その存在を受け入れるという意志の表明になるのではないか。
 その一方で車に轢かれる子供がいることに対して「便利さのためには、やむをえない」と諦めてしまう結果になるのではないだろうか。
 車のせいで自然が汚されることに対しても、しかたがないと割り切ってしまう結果になるのではないか。

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