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引き延ばされた学生時代.1 小学生の頃 [塾頭の経歴]

 私は小学校の二年生だった冬に「将来は、もの書きになろう」と考えました。
 そして若干の紆余曲折はあったものの基本的にはその後ずっと、この考えを貫いてきたことになります。

 小学校の三年生だった頃には、いくつか詩やお話のようなものを書きはじめていたのを覚えています。
 そして小学校の四年生だった年には、日本の近代文学の有名な作品を読みはじめました。
 最初は山本有三の『路傍の石』と『真実一路』、下村湖人が書いた『次郎物語』の第一部から第五部までや、宮沢賢治の作品などから読みはじめたのを覚えています。

 しかし小学校を卒業するまでには、日本の近代文学の主な作品のうち、かなりの部分を読んでしまっていました。
 二葉亭四迷から始まり夏目漱石などを経て、三島由紀夫あたりに至るまでの作品たちです。
 親が買った日本文学全集があったので、それを読みあさったのです。
 その日本文学全集は新字と新かなづかいではなく、正字と旧かなづかいで書かれていました。新字と新かなづかいが普及してから出版されたものでしたので、おそらく原文の表記を尊重してのことだったのでしょう。それを読みふけったので私は、結果として正字や旧かなを読むことができるようになりました。

 さらには古典的な作品が文庫本という形で安く売られていることを知り、自分でそれらを買って読んだりもしはじめたのです。
 とりわけ小学校の高学年だった頃には、武者小路実篤が書いた小説や詩や戯曲や随筆を好んで読んでいました。

 小学校の五年生だった頃からは、思想書といわれるような本も読むようになりました。
 新約聖書や『論語』や『歎異抄』や『徒然草』、さらにはプラトンやデカルトやカントの著作などです。
 さすがにカントの著作は当時、全く理解できなかったのを覚えていますが。

 もちろん『論語』や『歎異抄』や『徒然草』は最初、現代語に訳された文章の方を読んでいました。
 しかし何度も読んでいるうち、併記されている原文の方にも目が向くようになります。
 さらには親から「百人一首」での歌留多とりを教えられたことともあいまって、文語体の古文も読むことができるようになりました。
『論語』の原文と現代語訳とを読み比べてみたおかげで、漢文も返り点がついていれば読めるようになりましたし。

 これらの読書が「将来は、もの書きになろう」という私の思いを、さらに強めることになりました。
 小説か詩か、それとも随筆や思想書の類になるのか――どのような形の文章を選ぶのかは別として、もの書きになることで世の中に貢献したいと考えたのです。

 人はいったい、どのように生きるべきなのか。そして皆が幸せになるには、どのような世の中にするべきなのか。文学作品や思想書などには、それらの問題について論じられているものがあります。
 たとえば夏目漱石の初期から中期にかけての作品では、世の中を良くしたいと唱える登場人物たちが描かれています。
 武者小路実篤など白樺派の人たちも、それらの漱石の作品に大きな影響を受けたそうです。そして彼らも世の中を良くしたいと考え、そんな考えを自分たちの作品の中に書きました。
 あるいは宮沢賢治も農民たちの幸せを願い、その実現のために自分も努力しようとしました。彼が書いた詩や文章の中には、そんな彼の思いが描かれています。
 そして小学生だった頃の私は、それらの本が好きだったのです。
 なので自分も将来は、そういう本を書くようになりたいと考えたのでした。
(「好きな生き方を選べる好機」より)

 上記の件に関しては、当塾の「山田詠美と私の共通点」の頁も併せてご参照ください。
 小学生時代の私の女性関係に関しては、当塾の「初恋っていつの恋?」および「10代前半はほのぼの志向.1」の頁をご参照ください。

下にある本の画像をクリックすると、その本に関するAmazon.co.jpの該当頁が表示されます。

好きな生き方を選べる好機: 時代の変化をチャンスに変える

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