あくたれ信長.1-1 [皆の恋話]
自立の季
濃姫は、はらはらしていた。
彼女にとって義理の父親にあたる織田信秀の葬儀は、すでに始まっている。
にもかかわらず彼女の夫の信長が、まだこの万松寺に姿を現わしていないのだ。
信長が葬儀を欠席すれば、それは濃姫の責任だと言いだす者も出てくるだろう。
信長を確実に参列させるのが妻としての役目なのではないか、というわけだ。
とはいえ寺まで一緒に行こうと声をかけても、それに大人しく従うような信長ではない。
それに濃姫が那古野城を出てきた時、すでに信長の姿はどこにも見あたらなかった。
濃姫に声をかけられるより早く、出かけてしまっていたらしい。
先に万松寺へ向かったのではないか、などと気軽に考えるのは信長のことを知らない者の発想だ。
おそらく今頃は領内のどこかで、お気にいりの悪童たちと暴れまわっているのでなかろうか。
なにしろ信長は、まだ二十歳にもならない若者なのだ。
しかつめらしい顔をして堅苦しい葬儀に参列するのを面倒くさがる気持ちは、決してわからないでもない。
とはいうものの信長は、信秀の正妻が産んだ息子の中では最年長だ。
したがって今日の葬儀が終れば信長は、正式に信秀の跡目を継ぐことになる。
すなわち今日の葬儀は信長こそが織田家の当主になったのだと、参列者たちに広く知らせるための場でもあるのだ。
そういう大事な意義を持つ葬儀に、当の信長が姿を見せず欠席してしまうだなんて。
そんなことをしでかそうものなら信長は、織田家の跡目としての資格を疑われる羽目になりかねない。
信長に信秀の跡目を継がせたのでは織田家の先行きが不安だ、という声が高まるだろう。
それでなくても信長は、領主の跡継ぎとしての資質を欠いているのでないかと危ぶまれているというのにだ。
「僧侶たちによる読経が進んだら、ご遺族の皆様から焼香を始めていただきます。今では信長様が織田家の当主ですので、ぜひとも最初に焼香をしていただかなければなりません。どうか焼香が始まるまでには、お見えになっていただけると幸いなのですが」
濃姫の後ろにいた平手政秀が、そう小声で話しかけてきた。
「ご心配をおかけしてしまい、どうも申し訳ございません。もっと私が妻として、しっかり殿から目を離さずにいるべきだったのでしょうに」
「いやいや、決して濃姫様の責任などではないですよ。およそ信長様が一つの場所に落ちついておられないのは、いつものことなのですからね。むしろ私の方こそが濃姫様に、お詫びを申し上げなくては」
まだ信長が幼い頃から政秀は、その世話役を務めてきたという。それだけに信長の行状が至らない点は、全て自らの落ち度だと考えているのだろう。しかも濃姫と信長の縁談を取りもって話を進めたのは、この政秀だったのだそうだ。そのため彼は濃姫に対しても、責任を感じているのに違いない。
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彼女にとって義理の父親にあたる織田信秀の葬儀は、すでに始まっている。
にもかかわらず彼女の夫の信長が、まだこの万松寺に姿を現わしていないのだ。
信長が葬儀を欠席すれば、それは濃姫の責任だと言いだす者も出てくるだろう。
信長を確実に参列させるのが妻としての役目なのではないか、というわけだ。
とはいえ寺まで一緒に行こうと声をかけても、それに大人しく従うような信長ではない。
それに濃姫が那古野城を出てきた時、すでに信長の姿はどこにも見あたらなかった。
濃姫に声をかけられるより早く、出かけてしまっていたらしい。
先に万松寺へ向かったのではないか、などと気軽に考えるのは信長のことを知らない者の発想だ。
おそらく今頃は領内のどこかで、お気にいりの悪童たちと暴れまわっているのでなかろうか。
なにしろ信長は、まだ二十歳にもならない若者なのだ。
しかつめらしい顔をして堅苦しい葬儀に参列するのを面倒くさがる気持ちは、決してわからないでもない。
とはいうものの信長は、信秀の正妻が産んだ息子の中では最年長だ。
したがって今日の葬儀が終れば信長は、正式に信秀の跡目を継ぐことになる。
すなわち今日の葬儀は信長こそが織田家の当主になったのだと、参列者たちに広く知らせるための場でもあるのだ。
そういう大事な意義を持つ葬儀に、当の信長が姿を見せず欠席してしまうだなんて。
そんなことをしでかそうものなら信長は、織田家の跡目としての資格を疑われる羽目になりかねない。
信長に信秀の跡目を継がせたのでは織田家の先行きが不安だ、という声が高まるだろう。
それでなくても信長は、領主の跡継ぎとしての資質を欠いているのでないかと危ぶまれているというのにだ。
「僧侶たちによる読経が進んだら、ご遺族の皆様から焼香を始めていただきます。今では信長様が織田家の当主ですので、ぜひとも最初に焼香をしていただかなければなりません。どうか焼香が始まるまでには、お見えになっていただけると幸いなのですが」
濃姫の後ろにいた平手政秀が、そう小声で話しかけてきた。
「ご心配をおかけしてしまい、どうも申し訳ございません。もっと私が妻として、しっかり殿から目を離さずにいるべきだったのでしょうに」
「いやいや、決して濃姫様の責任などではないですよ。およそ信長様が一つの場所に落ちついておられないのは、いつものことなのですからね。むしろ私の方こそが濃姫様に、お詫びを申し上げなくては」
まだ信長が幼い頃から政秀は、その世話役を務めてきたという。それだけに信長の行状が至らない点は、全て自らの落ち度だと考えているのだろう。しかも濃姫と信長の縁談を取りもって話を進めたのは、この政秀だったのだそうだ。そのため彼は濃姫に対しても、責任を感じているのに違いない。
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