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究極の愛を掴んだ31才.9-4 [20才と31才の恋話]

 その日の夕方。
 終業時刻が来てナツヨたちと別れ独りになった後、ボクは思い出さずにいられなかった。
 ボク自身が昔、はじめて親元をはなれて独り暮らしを始めた時のことを。
 あれはボクが、まだ高校生の頃だったっけ。
 独りで気ままに暮らせることを喜ぶ気持ちが、全くなかったとは言わない。
 だが、いざ本当に独らり暮らしを始める前にはやはり、どちらかと言えば不安な気持ちの方が大きかったように覚えている。
 自分は本当に独りでやっていけるのだろうか。家事のたぐいを何もかも、きちんとこなしていくことができるのだろうか。病気になってしまったら、いったいどうすればいいと言うのだろう。

 明るいうちは、まだいい。やらなければならないことも多いし、それなりに気を紛らわせていられるからだ。しかし自分で夕食の用意をし、独りの部屋でそれを食べ終えた後、ボクは何だかすっかり気がぬけてしまうのが常だった。もはや何も手につかず、何もやる気になれそうにない。食事の後かたづけを放っぽりだしたまま、ボクは畳の上に身を投げうって大の字に寝ころぶ。そして、とりとめもなく考えるのだ。こんな暮らしが、いったいいつまで続くのだろう。この先ボクはいったい何と出会い、どのような日々を迎えることになるのだろうかと。

 それは若さのもたらす、青くさい思いにすぎなかったのかもしれない。現にあれから長い月日を経てきた今となってはボクも、そのような思いを抱いて気が滅入ることなど全くなくなってしまった。だがあの頃のような先行きに対する不安がボクの心から全く消え去ってしまった、というわけではないのだろう。あれから十何年かが経った今なおボクは、どこへもたどりつくことができずにいるのだから。

 そして今。ボクは自らの身の上を案じるかわり、ナツヨの暮らしに思いをはせる。
 はたしてナツヨは、本当に大丈夫なのだろうか。無事に独り暮らしをやりすごすことが、できるのだろうか。彼女に独り暮しなんかさせておいて、いいのだろうか。表むきはいつも強がってみせているものの、その実はとても気が弱くて淋しがり屋のあのナツヨに。引っ越したばかりの、ひと気もなく家具だって決してそろってはいない部屋でナツヨは独り、何を思っていることだろう。

 もちろん今のナツヨは、もはや何も高校生ではない。だが二十歳になった今のナツヨと高校生だった頃のボクとの二人を比べて、どちらがより芯が強いかと訊ねたならば。その答えは、あえて言うまでもないはずだ。

 しかも今回のナツヨの場合は、ただ単に独りで暮らせばいいというだけではない。まだ高校生のうちに独り暮らしを始めた時のボクは、生活費を親から出してもらっていた。それに対して今のナツヨは、部屋代や生活費まで自分で稼がなければならないのだ。
 はたしてナツヨは、ちゃんと認識しているのだろうか。他の誰の助けをも決して頼ることなく独り自らの力だけで暮らしていくのが、いかに心細いものなのか。暮らしていくに足るだけの金を自らの手で稼ぐのは、どれだけ大変なのかということを。

 自活というのは楽しく感じられる面もあるものの、けっこう辛い面もある。時には決して気の進まないことを我慢して無理やり、やらなければならない場合も出てくるかもしれない。やりたくないからと言って、避けて通ったり逃げ出すことは許されないのだ。
 はたして今のナツヨに、それだけの覚悟ができているのだろうか。若さにかまけて先のことなど考えず、前を見つめようともせずに、ただ突っ走ってしまってはいないだろうか。

 もちろんたとえ本当にそうでしかないのだとしても、そのことを咎めだてするつもりなどボクにはあろうはずもない。ボクはナツヨに、やりたいことをやらせてやりたいからだ。ナツヨの生きたいように生きつづけさせてやりたいからだ。今はまだ何も考えず、前を見ることもせずに突っ走っていたいとナツヨが思っているのなら、ぜひともそうさせてやりたいからだ。

 なにしろナツヨは、まだ若い。そんな彼女が生活という大きな暗いものに重くのしかかられ、その下で手も足も出ずにうちひしがれてしまうとすれば、それはあまりに酷すぎる。
 今のナツヨの若さなら暮らしのことなどはまだ考えず、自らの本当にやりたいことを探し求めつづけていたとしても充分に許されるはずだ。他ならないボクだってまた、二十歳の頃はまだ大学にいて、先行きのことなどで決して思いわずらうことなく日々を暮らしていたのだし。

 ボクはナツヨに自活の辛さなど、決して味わわせたくはなかった。独り暮らしのわびしさも、できたら味わわせたくないと思った。
 でもボクに今のナツヨのため、いったい何ができると言うのだろう。
 ナツヨが独りの部屋で淋しく感じないよう、引っ越し祝いにCDラジカセを贈ることくらいだけではないのか。ナツヨが自分で生活費を稼げるように、アルバイトを世話したことくらいだけではないのか。
 そしてナツヨが決して嫌な思いをせずに楽しく働けるよう、職場における先輩として気をつかうことくらいだけではないのか。

 そう考えると、なんだか少し情けないような気がしないこともない。もっと他にもいろいろなことをナツヨのためにしてやれればと思っているのに、それができずにいる自分に対してだ。
 何かこう、もっとナツヨのためにしてやれることはないものだろうか――CDラジカセを受けとった時にナツヨが見せた嬉しそうな顔を思い出しながらボクは、そんなふうに考えてみずにはいられなかった。

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